―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期③

―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期③
移住再開第1陣となったアマゾンへのジュート移民が入植したアマゾン川の岸辺は再生林となり、昔の面影はない(2000年撮影)

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟 外史

移住再開で大きな人口移動への期待
文部大臣が大学生の移住関与に言及

◆戦後7年目に移住再開、民間主導による再出発

 戦後移住が再開されたのは52年12月。アマゾンに向けて出発した17家族54人だった。この移住者たちは、戦前アマゾンに移住者を送り出したアマゾニア産業の現地支配人の辻小太郎がブラジルのジェツリオ・バルガス大統領との間に締結したアマゾン地域への5000家族入植計画(通称・辻枠)の第一陣だった。また、これとは別に、サンパウロ州マリリア市に在住していた松原安太郎が同大統領と交渉して許可を得た中部地域への4000家族の日本人移住者導入計画(松原枠)がこの後に続いた。

 この辻枠、松原枠の他に雇用農移住のパウリスタ養蚕、コチア産業組合ルート、呼び寄せ方式による自由移住の三つの移住形態が確立し、それぞれを基盤にしてブラジル移住は発展、他の南米各国に波及していった。

 移住行政の中心だった外務省は、53年に「移民5か年計画」を策定し、年間の移住送出者を4年次、5年次には1万3000人、移住者を送り出すための移民船4隻の新造計画も盛り込まれた。翌54年には「海外移住10か年計画」も策定され、規模はますます大きくなって行った。これらの移住計画案はすべて机上の空論に終わってしまうのだが、当時は国家戦略の一環として、海外移住がクローズアップされていた。

 国会で文部大臣が大学生の移住関与について示唆

 移住政策がヒートアップしていた54年2月、参議院予算委員会で次のような質疑が行われた。

 降旗徳弥衆議院議員が、「移民の送出は、対外的であるとともに重大なる対内問題にもなるのであります。政府は受入れ国との移民の契約、移民の渡航費、移民船の建造等について年次計画を打つべしと思うが、どうであるか。また教育上の重大なる案件といたしまして、青少年に対し海外事情、移民事情等を学習せしむることが必要であると思うのでありますが、これについていかなるお考えでありますか」。

 これに対して岡崎勝男外務大臣は「この機会には移民の問題についても知識の普及に努めておりますが、同時に先ほども申しましたような海外協会連合会は各県に組織を持っておりますので、この方面を通じても予算の問題はもちろんありますけれども、移民に関する知識の普及にはぜひ努めたい、かように考えております」と答弁。

 続いて、大達茂雄文部大臣が、「青少年に対する海外発展の風を作興するための教育という点でありますが、これは御承知の通り外国語大学あるいはその他大学における経済学部、商学部というようなところが、外国語ないし外国における経済事情というようなことについて予習させる施設になっております。これは必ずしも将来移民になる人に対する教育という特別な意味ではもちろんないのでありますが、しかし今後移民に対する機運が、だんだん醸成せられるに伴いまして、これらの講座等の増設等については適当な措置をとって参りたいと考えております」と大学生への移住啓蒙を示唆したのだ。

◆海協連が学生集め、移民問題を提起へ

 それからわずか6か月後の同年12月、日本海外協会連合会(海協連)専務理事、拓殖大学で「海外移住論」を担当した講師で、拓殖大学海外移住研究会顧問だった鳥谷寅雄が大学生を集めて座談会を開いた。当時各地の大学には移住研究会や海外研究会、中南米研究会などの地域研究を行うサークルが増えていた時期であった。

 その座談会は、海協連機関紙「海外移住」 第11号(54年12月20日発行)に「学生はどう考えるか 海外移住問題座談会」とのタイトルで「最近各大学学生の間に移民問題に関心を持つ傾向が強くなっており、移民問題研究会やラテンアメリカ研究会などが設置されているところが増えてきているが、青年は移民問題をどう考えているかとの大学のうち移民問題研究グループのある大学及び団体の代表を招き座談会を開いた」と趣旨説明が加えられている。

 日本政府の意向を受けた海協連が大学生を組織化し移住啓蒙に力を入れようとしたことがうかがえる。(敬称略、つづく)

     ◎

 題字の「日本学生海外移住連盟」の文字は第2代顧問会会長・後藤連一氏(日本大学教授)が揮ごうしたもので、長年学移連事務所に掲げられていた表札。

2018年4月6日付け

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