―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑥

―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑥
堀口らが天理大など関西に行ったことは1957年1月1日付の海協連機関紙「海外移住」(第35号)に大きく掲載された。学移連の関西支部結成の記事(黒枠内)

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟 外史

独自資金なく、事務局機能も持たず
第二期委員長 堀口 進一 ㊤

 学移連創設の翌昭和32年から33年の1年間、初代高橋委員長の後を受けて二代目委員長として連盟の活動に参画した。

 そのときから既に半世紀以上が経過し、今では当時の活動を記録した資料は乏しく、おぼろげな記憶に頼るしかないが思い出すままに当時の状況等を書き出してみた。

 昭和32年当時といえば、戦中、戦後の混乱期を脱し、人々の生活もどうにか安定をとり戻した時代であったが、経済的には未だ国民的貧困からは脱しきれず、将来に向けての希望も持ちえなかった頃である。 

 それから10年も待たずに我国は高度成長期を迎えることになるが、当時そのことを予想できた人は皆無であったと思われる。

 人口過剰、食糧や生活物資の不足で国民の大半は生活に追われながらも懸命に生きていたし、学生もアルバイトをしながら辛うじて学業を続けていた者も少なくなかった。

 そうした状況にもかかわらず、学生達には日本をどのような国にすべきかといった大きなテーマについて口角泡をとはして激論を交わすといった若者らしい気概は極めて旺盛であったように思う。

 
 さて、当時の学移連であるが、創立前の6校に加え、新たに数校の加盟があり、10校程の組織になっていたが、何分、独自の資金も乏しく、事務局機能も有しておらず、したがって連盟として独自の事業は実施しえなかった。日常の活動といえば、加盟各校の代表が出席する定例委員会で各研究会の活動状況報告や情報交換が行われることと、他には「遊説」と称して連盟員が高校などに出向き、移住や海外事情についての話をすること程度であった。

 一方で、この当時の国の海外移住事業は、事業実施機関として設立された日本海外協会連合会と海外移住振興株式会社が、夫々その体制を整え、本格的に事業を展開しうる状況となってきたこと、また南米の数ヶ国との間に移住協定が締結されたこと、さらに政策として移住者の大量送出を目標に掲げた国の計画が打ち出されたこと等によって、移住に関する広報も活発化し、地方においても移住の推進に力をいれるようになっていた。

 戦後の移住者送出数のピークは昭和35年であるが、それに向かって年々移住者は急増する傾向にあった。

 
 当時、学生層の移住についての関心がどうであったか、私の体験から、ふたつの例を述べてみたい。

 ひとつは、母校である上智大についてであるが、同校ではスペイン語研究会が連盟に登録された母体となっていたが、海外移住については、全く認識がなく、何らの活動も行われていなかった。

 そこで、私は委員長になったのを機に、同研究会の中に移住研究のサークルを作ろうと考え、会員に呼びかけたところ、たちまち、30人近い人数が参集し、同研究会の中にあった各種サークルの中で、最大のグループになってしまった。会員は殆どがスペイン語を専門に学習していた者が多く、当然中南米への関心も強かったということを考慮しても、海外移住ということを知って、直ちにこれ程の人が集まったというのは、驚きであった。後年、この連中の中から、南米に移住した者が何人も出ている。

 
 次に天理大のこと。私は、高橋前委員長等と、当時の関西地区加盟校の、天理大、神戸大、西京大(現京都府立大学)の3校を訪問し、夫々の加盟研究会のメンバーと交流を行ったが、とくに天理大では、一般学生を対象とした移住に関する講演会が開催された。当日、大講堂には満杯となる程の学生と教職員らしき人々も集まり、その反応にびっくりさせられた。

 私は型通り、「これからの日本は外国との関係が重要となるので、若い我々は、もっと海外の事情、動向に関心を持ち、研究することが肝要である。海外移住の道も開かれてきた。志ある者は海外へ飛び出す位のことを考えてみてはどうか」といった内容を記憶している。

 なにせ、これ程多数の人の前で話をする経験は初めてであったので、ひどく緊張してしまい、足の震えがとまらなかったことをよく憶えている。

 このふたつの経験を通して、当時の学生の多くが、海外、あるいは移住というものに、潜在的に非常に強い関心を有していたことが感じられた。(つづく)

 (この原稿は、学移連OB会設立準備会が2011年5月に出版した「我が青春の学移連」第二号から転載したものです)。

     ◎

◆堀口 進一

 東京都出身、上智大学スペイン語研究部に所属していた56年第二期委員長に就任。同大卒業後、海協連(現国際協力機構)に就職、移住業務に携わった。

     ◎

 題字の「日本学生海外移住連盟」の文字は第2代顧問会会長・後藤連一氏(日本大学教授)が揮ごうしたもので、長年学移連事務所に掲げられていた表札。

2018年4月13日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password