―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑬

―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑬
誰もが実現できると思わなかった講演会。周到な根回しが功を奏した

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟 外史

岸総理講演会顛末記 ㊤ 岸総理、欧州、中南米11カ国歴訪 富田 眞三

 総理就任2年目を迎えた岸総理は、昭和34年7月欧州、南米11カ国歴訪の旅に出発した。

 この年は日米安保条約改定を巡って、全国的に反対運動が展開されていた。34年3月、社会党を中心に「安保阻止国民会議」が設立され、35年7月までにデモ参加者は延べ百数十万人に達するという、日本の第二次世界大戦後、最大規模の大衆運動となった。

 4月1日、皇太子殿下(現天皇陛下)と美智子妃の御成婚式が行われた。

 その2週間後、ご成婚パレードが通過した東京の目抜き道路を、「安保反対のデモ」が騒々しく通過して行った。

 日本中の我々と同年令の学生たちは、安保反対、辞めろ岸、一色だった。デモに参加しない学生はまれだった。我々学移連の仲間はそのまれな、珍しいグループの一つだった。

 学移連加盟の大学の仲間たちは昭和30年頃から、南米、特にブラジルに関心を持ち、海外からの訪問者があると、押しかけて行って話しを聞いて廻ったものだった。当時、日本で手に入る、南米の情報は非常に少なかったのである。
 
 早大海外移住研究会を例にとる。日系初のブラジル連邦下院議員の田村幸重氏、南米銀行頭取の宮坂国人氏、コーヒー園主の後宮武雄氏、メキシコの実業家、トマス・犬飼氏等の話を聞いたものだ。

 南米を訪問した日本各界諸先輩の見聞談も非常に参考になった。リコー社長の市村清氏、泉靖一東大助教授、力行会会長の永田凋氏の話が印象に残っている。
 
 特筆すべきは、早大移住研が三笠宮殿下を早稲田祭にお呼びして、インカ帝国に関する講演をして頂いたことだ。信じられないだろうが、宮様は護衛も無く、女性秘書が運転するブルーバードで早稲田にお見えになった。三笠宮殿下の講演は大成功だった。筆者はこの企画には直接関わらなかったが、「大学祭で皇族の方が講演して下さったのだから、総理大臣講演会の開催も可能だろう」という自信が付いたことは確かだった。

 当時、海外旅行者の話を聞くことは我々にとって、一つの重要な「南米事情勉強」の手段だった。

 有難いことに、先輩諸氏は大学生の我々に気軽に会って、見聞談をして下さったものだ。

◆総理府で門前払いを食う

 そんな時、岸総理が欧州、中南米11カ国歴訪の旅から帰国されたのだった。我々が見逃がす筈がない。昭和34年8月のことだった。

 岸総理に歴訪した南米諸国の事情を学生に話して頂きたい、旨を書いた、日本学生海外移住連盟委員長・葛西清忠名の「岸内閣総理大臣による、南米事情講演会開催の趣意書」を持って、講演会開催を模索して役所廻りを始めた。

 当時、総理大臣への窓口は総理府審議官が担当し、外務省案件は同省から出向した審議官の管轄であることが分かった。

 運よく外務省から出向している、審議官が話しを聞いてくれることになった。

 全国36大学をメンバーとする学移連は、お役所に無視されるような団体ではない、と我々は自負していた。ところが、門前払いに近い扱いを受けたのである。

 昭和34年8月末、葛西学移連委員長、菊池副委員長と筆者は総理官邸を訪問した。すると運良く、外務担当の審議官は私の叔父、貝原庄一だったのである。

 ところが期待に反して、我々の趣意書を読んだ叔父は、「総理が学生主催の講演会で講演した前例はない」の一点張りで、総理への取次を拒んだのである。出来の悪い甥っ子に面倒なことを起こされては困る、と思ったのだろう。取り付く島もなかった。

 正攻法で失敗した、葛西、菊池と私は日大の今村邦夫を交えて、戦略の見直しを図った。そこで浮かび上がったのが、「官僚が拒否したのなら、政治家を動かそう」だった。面白いことに、当時の早大海外移住研究会には雄弁会にも席を置く仲間が三、四人いたのである。故石原寿一、ブラジル在住の後藤薫、元農林大臣の玉沢徳一郎等だった。彼らの意見を入れて、雄弁会の先輩、井原忠良氏が秘書を務めていた、後年運輸大臣を務めることになる、中村寅太衆議院議員に相談することにしたのである。

 葛西、今村と富田は学移連の活動目的、実績、加盟大学等の説明を、早大雄弁会の仲間のコーチを受けて、「政治家を説得出来るような」論法に組み立てたのである。南米の視察者の土産話は我々の貴重な情報源であることを強調するように、助言された。

 数日後、葛西学移連委員長、菊池副委員長、今村と富田は中村寅太氏を議員会館に訪ねた。

 当時、全学連から蛇蠍のごとく嫌われていた、「岸総理に講演をお願いしたい」と学生服姿の葛西が話し始めると、中村大臣は我が耳を疑う、と言った表情をしたものである。

 この予想外の企画に興味を示した、中村氏は熱心に我々の話を聞いてくれた。「前例がないからこそ、総理に承知して貰わなければいけない」と氏は、「総理に話してやろう」と頼もしく請け合ってくれたのである。

 我々も第一回目の会合でここまで話が進むとは考えてもいなかった。流石、政治家は違う、と一同大いに感激したことを良く覚えている。

 旬日も待たず、中村大臣に連れられた我々は岸総理と面談することが出来た。

 学移連の総理講演会の趣旨に賛同して下さった総理は、気軽に歴訪した中南米5カ国事情に関する講演を引き受けて下さった。中村氏の根回しのお陰もあって、まさにとんとん拍子に話がまとまったのである。総理が訪問した中南米5か国は、ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーとメキシコだった。

 さあ、それからの準備は大仕事だったが、全員火の玉となった我々には、屁の河童だった。(敬称略、つづく)

     ◎

 題字の「日本学生海外移住連盟」の文字は第2代顧問会会長・後藤連一氏(日本大学教授)が揮ごうしたもので、長年学移連事務所に掲げられていた表札。

2018年4月28日付

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