―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑭

―移住に賭けた我らが世界― 第1章 草創期⑭
講演する岸総理

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟 外史

岸総理講演会顛末記 ㊥ 岸総理講演会は大成功! 富田 眞三

 南米事情講演会開催に当たって、我々が苦労したことの一つは会場の選択だった。連盟加盟大学の講堂は、「安保反対!」の学生たちが総理講演会を妨害するだろうことは、容易に想像出来た。東大生で共産主義者同盟の活動家だった、樺美智子さん(享年22歳)が全学連の組織した安保反対・国会突入デモで亡くなったのは、翌年の昭和35年6月15日のことだった。

 結局、神田一ツ橋の共立講堂が共立女子大学理事長・鳩山薫子女史のご厚意により、無料で使用できることになった。但し当日の電気、水道料金だけはお支払いください、との条件だった。この分はどういう風の吹き回しか、後援を買って出てくれた、反岸、反政府の筈の朝日新聞が払ってくれた上、紙面に「総理講演会のお知らせ」も掲載してくれた。

 我々が鳩山女史と面会できたのは、官邸がアポを取ってくれたからだった。お陰で「音羽御殿」を訪ねたことは良い思い出になった。

 さて、聴衆の動員は連盟所属の各大学移住研究会が学内等にポスターを張り、連盟員が口コミでPRをした。

 我々は総理講演会場を満席にすることを最低限の目標としたが、当日の会場は学生のみならず、一般の方々の来場も非常に多く立見の聴衆を含めて会場は超満員になった。

 総理の安全確保のため、農大、拓大、早大の柔道、空手部の諸君に協力を要請した。前から2列目までの座席は猛者たちに陣取ってもらい舞台の両袖にも彼らが張り付いてくれた。翌年の10月、社会党書記長の浅沼稲次郎氏が日比谷公会堂で講演中、暴徒に刺殺されたことを考えれば、我々が万全を期したのは、当然だった。

 9月18日(昭和34年)、岸総理は首席秘書官の中村長芳氏と護衛である、警視庁一のピストルの名手の警部のみを伴って、会場に来て下さった。近くの交番の警官が、ちょうちんを手に「今お着きになったのは、岸総理ではありませんか」と大慌てで尋ねに来たことを良く覚えている。
 
◆豪華な講師陣

 講演会は葛西委員長のあいさつから始まった。司会は早大の移住研のメンバーであり、雄弁会の会員でもあった、石原寿一が実に見事にやってくれた。

 「南米事情講演会」は当代一流の中南米問題の専門家である、国際移住研究会会長の泉靖一東大助教授、内外事情調査会理事長、木内信胤氏、内閣移住審議会会長、宮城孝冶氏の三氏が総理講演の前座を務めるという豪華版だった。

 3講師はそれぞれ、「中南米の日本人」、「中南米をどう見るか」、「青年の国ブラジル」をテーマに熱弁を奮ってくださった。

 主賓の岸総理は「南米を訪ねて」と題して7月の日本の総理大臣としては、初の中南米5カ国歴訪の旅を振り返り、各国の日本に対する期待が高いこと、日本人、日本資本の受け入れに関心を持っていること等を熱心に語り、我々学生は南米に対する関心を、いやが上にも高めたのであった。

 総理はブラジル・リオでのクビチェック大統領との会談で、両国の貿易拡大、移住促進、文化交流の活発化について会談。当時建設中の新首都ブラジリアについても語ってくださった。また、ブラジルの日本人が同国の経済発展に重要且つ積極的な役割を果たしており、同国から高い評価を得ていることを力強く感じた、と熱っぽく語ってくださった。

 アルゼンチンでは、フロンディシ大統領と会談して、同国が日本企業の進出に期待していること、また日本人の移住枠拡大の用意がある、との好意的回答を得ている。

 1か月にわたる外遊の最後の訪問地はメキシコだった。総理はロペス・マテオス大統領と懇談。総理は日墨間の片貿易の現状を是正するため、我国物産の買付増大を要望し、且つ我国はメキシコに対して資本と技術を提供する用意があると述べたところ、先方から本年中に経済ミッションを派遣したい、との積極的回答を得た、と語ったのである。

 意外だったことは、総理への取次を拒否した総理府の審議官が、会場にお忍びで来ていたことだった。無事成功裏に終了したことに安堵した審議官は筆者を訪ねて楽屋に現れたのである。すると目ざとく彼を見つけた総理が、「貝原君、どうして君がここにいるのだね?」と質問した。叔父が頭をかきながら筆者との繋がりを話すと、総理は「君たち役人はこの学生諸君の積極性を見習い給え」とおっしゃったものである。

 講演会を主催する時、頭を悩ますのは謝礼の問題であるが、岸総理には東京農大の学生諸君が作った、特大ロースハムを進呈したのである。ロースハムを高々と掲げて、総理は盛大な拍手に送られて会場を後にされた。こうして大学生主催による、最初で最後の「総理講演会」は無事成功裏に終了することが出来た。(つづく)
     ◎
 題字の「日本学生海外移住連盟」の文字は第2代顧問会会長・後藤連一氏(日本大学教授)が揮ごうしたもので、長年学移連事務所に掲げられていた表札。

2018年5月3日付

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