―移住に賭けた我らが世界―第2章 飛躍期⑯

―移住に賭けた我らが世界―第2章 飛躍期⑯
外務省外交史料館に残る学移連の10ページ建て「第1次学生カナダ国実習調査派遣計画書」。

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟外史

新機軸カナダ実習調査団派遣を模索
外務省が実現に向け強力に後押し

戦前2万3千人がカナダに移住した
 
 学移連にとって大きな転換期となった1965年、第11期委員長の片山は、実習調査団の派遣地域を南米だけではなく、北米カナダに広げようと考えていた。

 日本人がカナダに移住したのは1880年代。第2次世界大戦勃発時には約2万3千人の日本人が居住し、そのうち90%が西海岸のブリティシュ・コロンビア州に居住していたといわれている。戦争中は敵性外国人として、太平洋沿岸100マイルは軍事上の防衛地帯ということで、強制立ち退きを強いられた。戦後の調査ではオンタリオ州、ケベック州等東部諸州に約46%、アルバータ、マニトバ州等中部に約18%、残り約36%がブリティシュ・コロンビア州に分散していた。

 戦後の52年にカナダ政府は新移民法を制定し、表面的には戦前の人種差別による制限を廃止したものの事実上、白人優先主義を貫いていた。ところが、ヨーロッパからの移住者が少なくなり、カナダから米国への流出により労働不足が生じていた。このため、62年にはアジア、アフリカからの移住者の受け入れを表明、64年にはカナダ移民大臣のトレンブレイが来日し、優秀な日本人の移住を歓迎したい旨の申し入れを日本政府に行った。

 ただ、日本政府は戦前戦中におけるカナダの日本人排斥運動や人種差別を考慮し、慎重な態度をとらざるを得なかった。外務省は、カナダの移住者受け入れの実態を調査した。その結果、移住先国としてふさわしいという結論を出し、カナダへの移住者送出の準備をした。

突破口は田原春次代議士と外務省  
 
 こうした社会背景をから学移連もカナダへの実習調査団の派遣を考えていた。当時の役員は、海外移住に対して理解のあった社会党代議士で学移連顧問だった田原春次を通じて外務省とコンタクトを取り、以後外務省と直接、実習調査団派遣実現に向けた活動を展開した。

 外交史料館史料に残っている学移連関係の史料を時系列で並べるとその動きが良くわかる。

 67年8月、田原春次代議士は「カナダ移住調査団」としてカナダに視察に出る。これに先立ち、学移連が7月に派遣を出した「学生カナダ移住事情視察団」のカナダ各地での便宜供与を外務省に依頼、外務省もカナダの在外公館長宛てに協力依頼を流している。派遣団員は、久山博文(早稲田大)と学移連後援会会員の医師・牛島勝四郎の2人だった。目的は、カナダの移住事情、特に実習調査団派遣の可能性の下見目的だった。

 同年8月24日付公文書で外務大臣から駐カナダ日本大使宛に調査依頼が発信されている。その要旨は、次の通り。

 「田原代議士から学移連に入った連絡では、16日にカナダに出張中の田原代議士がカナダ移民省のアボット局長と懇談し、66年4月から同年10月までの7カ月間、農業実習生50人を受け入れることを了解した。このため、9月中に学移連からアボット局長あてに申請書を提出すること」。この事実確認。

 そしてもう一点は、当時、(社)国際農友会がカナダに農業実習生を毎年派遣していることから、学移連の実習調査団派遣は別個計画として学移連とカナダ関係当局が直接連絡し、処理することを考えて手続きについてもカナダ側の考えを聞くよう指示が出ている。

外務省移住局が用意周到な事前準備

 ところが、カナダ側からの返事が遅れたため、4月からの実習が不可能になり、学移連は66年の派遣を断念し、67年の派遣に変更した。66年5月の外務大臣から在カナダ日本大使への書簡では、67年の実習調査団は20人から30人規模で、実習生の中には卒業後カナダ移住を希望する者が多数いるため、移住振興に資することが大きく、外務省としては積極的に学移連を指導したい。ついては、カナダ側と話し合いを具体的に進めるよう指示している。

 また、学移連は農業関係の他、同様の条件で商工業部門の実習生の派遣の途も拓きたいとの希望があり、派遣計画についての話しを進めるうえで支障がなければこの点についてもカナダ側の意向を打診することも指示している。

 そして、カナダ側は、在京カナダ大使館と協議することを示唆したため、年末になって外務省本省の移住課と総務課で「学生移住連盟のカナダ実習生派遣計画についての総務課と移住課の話し合い」を行った。その中での取り決め事項は次の通り。

1.将来のカナダ研修生派遣計画に本計画を統合するが、今回はこれとは引き離して取扱う。

2.海外移住事業団を連盟の本計画に協力せしめる。

3.海外移住事業団からの資金的援助は予算要求が認められるかどうかにかかっているので、あらかじめ連盟側に十分注意しておく。

4.今回の計画に対しては、連盟側の自主性を尊重し、予算が付いた場合でも、わが方は便宜供与を提供する程度の援助(カナダ政府に実習農場雇用、雇用の斡旋依頼)に止める。

5.本計画の予算が通るよう特別の理由を考える。

6.メイラス(在京カナダ大使館移民官)との2月の会談には海外移住事業団からも代表を加える。

 続いて年明けの67年1月総務課は、2月に在京カナダ大使館での会談での発言内容を次のように決定した。

1.我が方の本計画に対する態度。―(学移連の派遣計画に)全面的支持を与える。その理由として、(1)カナダ移住の促進、(2)移住母体の育成、(3)カナダ移住についての国内啓発、(4)青年学生層の相互理解促進を挙げている。

2.学生移住連盟について。
(1) 従来の南米への実習調査団計画についての説明。
(2) その成果。

3.今後の本計画の進め方。
(1)連盟はわが方と連絡を取りつつ、また、海外移住事業団の援助・指導の下に渡航前の諸準備を行う。
(2)わが方は、在カナダ大使館を通じ学生の受け入れ方を申し入れる。
(3)カナダ側当局で受け入れ手続きを進める。

 外務省が在京カナダ大使館での打ち合わせについて、いかに用意周到にしていたかが分かる。この経緯を見ると、カナダ移住に関して学移連を核として啓もう活動や移住推進母体として育てようとしていたかが良くわかる。

 2月2日、在京カナダ大使館で、大使館担当者、学移連、外務省、海外移住事業団の4者会談が開かれた。外務省の報告書を見ると、「結論として本計画はカナダ側も賛成であり、本計画実現のため努力する旨、確約があった!」と記載し、要旨を列挙した。

 こうして、第1次団の道筋がつけられた。(敬称略、つづく、鈴)

2018年11月23日付

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