―移住に賭けた我らが世界―第4章 終末期②

―移住に賭けた我らが世界―第4章 終末期②
朝日新聞に掲載された記事コピー。記事は小さかったが、反響は予想以上に大きかった(90年2月17日朝日新聞夕刊に掲載)

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟外史

学移連崩壊を助けた朝日新聞記事
第21期書記局長 岡野 護(亜細亜大)

◆役員不在で連盟閉鎖の危機

 大学を卒業後、私は財団法人海外日系人協会に就職した。海外日系人協会は、毎年皇族がご臨席される海外日系人大会を主催している。この大会は海外在住の移住者・日系人が200名から400名ほど参加するイベントで、その運営アルバイトとして学移連の学生が毎回20名ほど協力してくれていた。そのような関係で協会職員となった後も機会あるたびに学移連に顔を出すことにしていた。

 その頃の学移連は加盟校も年々少なくなり、連盟員は東京農大と日本大以外ほとんど個人加盟の状態であったと記憶している。ある日のこと、学移連の役員が次期役員のなり手がいなくなったので学移連を閉じたいと言う。私はビックリして、それでは既に南米に派遣されている人たちは、帰る場所がなくなってしまうではないかと慰留したが、とにかく終わりたいのでと学移連の預金通帳を差し出され、預かってほしいと言われた。

◆解決策は次期派遣団送出が命綱

 後日、当時の顧問会会長の東京農業大学津川安正先生と面会相談した。このところの前後は、はっきり覚えていないが、私としては、学移連の存在意義を強く感じていたこともあり、学移連継続について思案した。それには、まず学移連の会員を集める事と次期派遣団の募集をしなくてはと考え、私がよく知る朝日新聞社の記者に協力を仰いだ。その記事が朝日新聞の夕刊に掲載された。(1990年2月17日東京版と2月20日大阪版)

 その記事は、「30有余年の歴史ある日本学生海外移住連盟が、時の流れで店じまい寸前になっている。連盟OBの海外日系人協会事務局次長の岡野護さん(38)は、『南米へ1年間行きたい学生はいないか。』と探し歩いている。(略)今年度枠の4人がうまらないまま。ブラジルやパラグアイなどで1年間、実習調査。宿泊先は連盟が世話し、往復運賃の4割だけ学生負担という条件だが、まだ応募者は2人だけだ。(略)問い合わせ先は海外日系人協会」との記事だった。

 この記事を読んだ学生やその保護者から海外日系人協会事務局に連日電話が入り、少なくとも50から60名の申し込みがあったと記憶している。最終的には、20名ほどが連盟員となった。応募の学生は高校生から大学4年生までいてこの中から役員や次期派遣団を選考できる状況をつくることができた。その結果、第21次総合実習調査団の最終選考を3月に行い、次の5人の団員を決めることができた。

 団員は山枡孝郷(神戸市外国語大学)、神保浩子(上智大)、荒谷俊大(拓大)、安田晋(東京医科歯科大)、梶野浩司(独協大)。梶野は以前から個人加盟で残り4人は新聞記事を見て応募してきた個人加盟だった。彼らは、3月末に帰国した第20次総合実習調査団と引継ぎ合宿を行い、4月から5月にかけて出発した。

◆盛り上がった形骸化したOB会再構築の機運

 また、この記事を読んだ連盟初期のOBからも連絡が入り、OB会の再結成や、実際OB会も開催された。新聞の影響力の強さを実感した。

 このままでは35年間続いた学移連が閉鎖に追い込まれると危機感を抱いたOB有志が集まり、対応策を協議した。その結果、「学移連を支援する会」を設立しようと3月初旬にOB会に「学移連OB会及び『学移連を支援する会』(仮称)」設立準備の話し合いの場を設ける案内状を送付、3月30日に東京・代々木のオリンピックセンターで30人近いOBが参集した。第6期委員長、第1次実習調査団の団長を務めOB会会長(学移連30周年記念誌年表によれば69年1月11日第1回学移連OB会開催)を務めていた羽嶋禎紀(早稲田大)、大久保政孝(神奈川大)、政信敏治(東京農大)、今西健(日大)、泉(鈴木)雅夫(関大)、岡野らがOB会設立準備委員となり、発起人として早稲田大、東京農大、日大、中央大、神奈川大、工学院大、秋田大、関大、亜細亜大のOB23人が決まった。

 OB会はそれまでも形式的にはあったものの実際には形骸化していたため、「OB会設立準備委員会」は全国的な組織に衣替えし、海外在住のOBや現役学生との交流を活発化させるため、「OB会発会式」を東京永田町の都道府県会館別館のレストランを借り切って行った。この発会式には約200人のOBが参加してくれたと記憶している。この発会式を契機として初期OBの一部の方々が学生を対象とした新しい団体をつくることを考えたようだが具体化せず、打ち上げ花火のように一過性に終わったことを残念に思っている。

 3月末には、ブラジルに派遣されていた横山康一(日大)、吉村純(東京農大)が帰国し、学移連の委員長、副委員長となってくれたので一安心し連盟の事務から手を引いた。(敬称略、つづく)

2018年12月20付

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