―移住に賭けた我らが世界―第4章 終末期(終)

―移住に賭けた我らが世界―第4章 終末期(終)
外務省外交史料館、この建屋奥に学移連資料のマイクロフィルムが眠っていた

~もう一つの学生運動~ 日本学生海外移住連盟外史

学移連外史連載を振り返って 連盟史研究会

◆岸首相邸「土下座事件」が連載のきっかけ

 日本学生海外移住連盟(学移連)の42年間にわたる歴史を振り返ってみようと連盟史研究会が発足したのは2017年6月だった。その以前から富田眞三(早稲田大)、辻良二(東京農大)を誘い、元委員長の駒井明(工学院大)が何度か会合を開いていた。

 サンパウロ新聞の編集局長の鈴木雅夫(関西大)が9年前にコラム「灯台」で学移連の大きな転機となった「岸信介総理南米講演会」の実現について書いたことがあった。この時、掲載するとすぐに米国在住の当時を知る学移連の草創期OBの富田が「事実に反する」とクレームを入れた。そのいきさつは、この連載の第1回に掲載したので省くが、伝聞がいかにいい加減だったことを知った駒井は、日本に帰国中だった鈴木を富田と引き合わせた。

 岸首相を講演会講師に呼ぶために「学生が土下座してお願いした」と書いた鈴木に対し、富田は、「そんなみっともないことはしていない」と当時を振り返った。学移連の中では「土下座事件」と言われる話なのだが、その部分だけ訂正しても意味がなく、正確な学移連の歴史を残そうと発足したのが連盟史研究会だった。学移連は様々な業績を残したものの、その歴史はあいまいなものだった。

 このため、当初、OB幹事会に対してOB各位にそれぞれの時代を回顧して書いてもらおうと協力を仰いだが、それでは個人の意見が中心になり、批判が出てくる危惧があるという理由で断られた。このため、客観的に書くために連盟史研究会ができるだけ多くの史資料を集め、OB各位の協力を得ながら鈴木がまとめるという方向に落ち着いた。

 学移連が創立されて63年なので、OBに話を聞けば連載も容易と考えたのだが、他界している人が多く、客観的な史資料を集めることから始まった。それからは、一字一句の文言の裏づけを取るために、まず、前述した岸総理講演会依頼での土下座について、拓大百年史編纂室編「南米論」の真実を確かめるべく国立国会図書館や拓大百年史編纂室を訪ね、また当事者の富田眞三に聞いたことと南米論とを詳細に調べ「土下座はしていない」ことに辿り着いた。

◆史資料収集と分析が空いた穴埋める

 この折に、報告書・写真を一切残さなかった南米学生親善使節調査団の問題についても、OBや関係者に連絡を取ったが、これといった回答は得られなかった。もし連盟史研究会が10年前に始まっていたら、今は亡き当事者に直接インタビュー出来た可能性があり、使節団をもっと活写出来たはずと、情報の少なさが実に悔やまれてならない。

 また、かつて連盟員が調査した炭鉱離職者の南米移住に関する資料を外務省外交史料館へ求めて行くと、その資料は見つからず、逆に、学移連に関する創立の1955年から68年までの膨大な資料のマイクロフィルムが見つかり、4日間ほど通いコピーしてきた。その内容には、我々の推測を遥かに超える形で外務省が学移連の活用を考えていたことが分かり、出来れば当時の外務省OBに聞取りする時間があったらと残念に思う。

 この時解ったことだが、学移連設立趣意書の「移住研究」が「海外事情研究」に書き換えられている点、当時外務省はこの組織を「移住」に囚われることなく、幅広く海外研究なども包括しようと本気で考えていたのではないかと推察された。

 外務省移住局までの55年から68年までの学移連に関する資料は、外交史料館のマイクロフィルムに保存されており、外務省官房領事移住部時代68年以後の学移連関係は、管轄を海外移住事業団に移管され、その時代の資料を入手すべく、JICAとメールのやりとりでの結果、かなりの線まで資料が保管されているのではないかとの感触があったが、現時点では開陳までには至っていない。進め方が悪かったのか、まだ公開されてないのか、極めて残念であるが、この先連載が終了してからも連盟史研究会として史資料の収集をしていくつもりだ。

 これらの史資料を収集する中で移住行政やその時代の移住に関する動きが的確につかめた資料がある。(社)日本海外協会連合会(海協連)が発行していた機関紙「海外移住」だ。同紙は海協連が改組され、海外移住事業団、国際協力事業団(JICA)にも引き継がれて発行され続けた『移住の指針』だった。

 すでに連載でも書いたが、移住に関心のあった大学生を組織化しようと学移連の設立を手助けしたのが海協連だった。学移連が設立された当初、機関紙を持てなかったことから広報・宣伝の手段がなかった。その時代に学移連の存在を日本各地の移住関係者に知らせてくれたのが「海外移住」だった。海協連は各都道府県に支部を持ち、同紙は全国くまなく配布されていた。学移連の設立前後から同紙で大きく取り上げ、連盟員の座談会や寄稿を掲載、学移連の動向を逐一報じてくれた。こうした協力で学移連は信用され、様々な活動が実施できたといって過言ではない。

     ◎

 所で、順調に連載は進むかの様に見られたが、掲載途中に、鈴木編集局長の都合或いは、サンパウロ新聞の都合か暫し休載され、やきもきしていらだったことも何回かあり、読者には迷惑をかけてしまった。

 しかし、当初考えたような、思い出話や浪花節にならずアカデミックに学移連史が活写されたのと自負している。

 連盟史研究会の唐突なお願いにも誠心誠意資料提供して頂いた関係団体、学移連OB諸氏には、心から御礼申し上げます。

 また、この場を提供して頂いたサンパウロ新聞関係者の皆様に深謝申し上げます。(敬称略、了)

 付記=学移連が送り出した派遣団は南米・カナダはもとより各国に269人の団員を35年間休まず送出した【編集部】

2018年12月22日付

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