「ダリアに純粋なものはない」㊤ 栽培技師の五十嵐正孝さん

「ダリアに純粋なものはない」㊤
ダリア技師の五十嵐さん

スザノ・イペランジアホームで指導

「ダリアに純粋なものはない」㊤
大輪を咲かすダリアの品種「宇宙」(直径28センチ)

 ダリア栽培技師として、サンパウロ日伯援護協会傘下の高齢者擁護施設イペランジアホーム・ダリア園で先月から2カ月間、栽培・指導を行っている五十嵐(いからし)正孝さん(77、山形)。五十嵐さんは『ダリアの里』と呼ばれる山形県川西町でダリアに出会ってから30年間、同栽培に携わってきた。川西町ダリア会の会長も務め、農業との両立も経験した五十嵐さんに、栽培技師としての生い立ちや経験、花の魅力を聞いた。今年は80種類3500株による5万本のダリアが咲き誇る。

◆ダリアとの出会い
 父・孝一さんが趣味でダリア栽培をしていたことをきっかけに、その魅力に取り憑(つ)かれた五十嵐さん。1954年に町内のダリア愛好者が集まって発足した「花の会」が前身で、後に改名して「川西町ダリア会」として活動している。五十嵐さんは、孝一さんがダリア会のメンバーだったこともあり、入会前から柳田友輔氏、小西勇作氏ら専門知識を持った人物と交流があったという。

 元々、ダリアの花は、自生地であるメキシコから1789年に欧州・スペインへ渡り、江戸時代末期の1842年にオランダから日本・長崎に持ち込まれた。当時の江戸っ子たちはダリアの豪華絢爛(けんらん)な姿に惹きこまれ、「天竺牡丹(てんじくぼたん)」と称して珍重されていた。メキシコの高地が原産のため、日本では東北や北海道など北部での栽培が盛んだ。

 孝一さんは、ダリアの色や大きさ、美しさを競う東北ダリア名花展(今年は第65回)に毎年出場し、約20年前に最高賞である農林水産大臣賞が設けられ、初代受賞者となったそうだ。追うように、五十嵐さんも約10年前に同賞を受賞。親子2代での受賞は初の快挙で、未だ1組のみとなっている。

 1987年に五十嵐さんはダリア栽培を本格的に始める。86年までは無料だったダリア園の栽培が有料求人となり、87年4月に役場から依頼されたことでダリア栽培技師として、同町内のダリア園の技師として働き始めた。

 同園は、55年に一町五カ村が合併し、町議会で街を代表する観光地・町民憩いの場となる公園として造成され、当時では日本唯一のダリア園だった。その後99年に場所を移し、現在は4ヘクタールの公園敷地内に650品種、10万本のダリアが咲き誇る世界でも類を見ないダリア園だ。

 ダリア栽培技師になった五十嵐さんは当初、「月給だったけど、正直安かった」と振り返り、自身の農家とダリア技師を仕事として並行して行っていたという。

 ダリア園では、栽培技師として五十嵐さんと中年女性スタッフ1人、ダットサン(車)1台、小さな工具という環境でスタートし、自身の農家から土地を耕すためのトラクターを持ち込んだり、道具を使用したりして作業していた。

 約10年が経過した後、40~50歳の若い技師が加わり、機械を主力としてダリア園を拡大していった。(戸)(つづく)

2018年2月23日付

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