「南米教団の宝」が完成 モジ本願寺寺基移転落慶法要

「南米教団の宝」が完成 モジ本願寺寺基移転落慶法要
本堂前での記念撮影

堀井、柴田両家族に感謝を込めて

「南米教団の宝」が完成 モジ本願寺寺基移転落慶法要
モジ本願寺建立に資金協力を行った堀井文夫氏と柴田ジョン氏(左から)
 浄土真宗本願寺派(西本願寺)モジ・ダス・クルーゼス本願寺の寺基移転落慶法要が6月26日、モジ市ジュンジアペーバ区の同寺で執り行われた。晴天に恵まれた中、地元モジ、サンパウロ(聖)市をはじめ、聖州奥地、パラナ州や遠くはパラー州など全伯の門徒や関係者約1200人が出席。同法要の一環として納骨堂と会館のテープカットも行われ、同寺建立に多大な資金協力を行った堀井文夫夫妻とグループ柴田家族への感謝の意が示された。

「南米教団の宝」が完成 モジ本願寺寺基移転落慶法要
本堂のテープカットの様子
 午前9時半からは本堂入堂のテープカットが、今回の新寺建立に多大な資金協力を行った堀井氏をはじめ、日本から来伯出席した那須野浄英総務代行、杣山(そまやま)哲英南米浄土真宗本願寺総長、清水円了モジ本願寺主管、根岸健三モジ本願寺護持会会長らの手によって行われた。

 引き続き、本堂と納骨堂の間の敷地内で堀井夫妻の銅像が除幕。護持会副会長の山元治彦氏が、銅像下に付けられた「感謝の言葉」を読み上げた。それによると、同寺は1950年に初代主管の四邨(よむら)覚勝氏が有志とともにモジ市内に建立したが、66年に及ぶ年月の間に老朽化し、駐車場も無く時代の要請に対応できなくなったという。10数年前に寺基移転と再建の計画が立てられ、用地も購入したが、諸事情で頓挫した。その状況を知った堀井氏が自身の2・2ヘクタールの土地を寄進。2011年3月に定礎式が行われ、現在まで莫大な私費を投じて今回の新寺が落慶の運びになったそうだ。

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除幕された銅像を前にする堀井夫妻
 銅像除幕後、堀井家を代表して子息の堀井功氏が謝辞を述べた。

 午前10時半からは、本堂で慶讃法要が執り行われ、根岸護持会会長があいさつ。「門徒としてこの日が来るのを一日千秋の思いで待っておりました」とした上で、旧モジ本願寺の歴史を振り返り、「寺基移転の計画から6年の歳月を経て堂々たる寺院が完成しましたが、モジだけでなく南米教団の宝として将来的に日系社会の拠り所となることを望みます」と述べた。

 杣山総長が導師として読経。各地域代表者が焼香した後、那須野総務代行が法話を行った。本堂前での記念撮影の後は餅まきが行われ、特設櫓(やぐら)上からまかれた紅白餅を来場者たちは喜びながら拾っていた。 納骨堂のテープカットに引き続き、グループ柴田が資金協力し約1000人が収容できるという会館前で記念プレートの除幕とテープカットが行われ、護持会会計担当の長友契蔵氏のあいさつに続き、柴田マリーザ氏が謝辞を述べた。

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本堂での慶讃法要
 会館内での記念式典では、小川忠夫護持会副会長のあいさつの後、京都の西本願寺(本山)とモジ本願寺護持会から堀井氏と柴田ジョン氏に感謝状と記念品が授与。那須野総務代行は、今回出席できなかった大谷光淳第25代門主と、石上智康総長の祝辞を代読した。

 続いてモジ市長のマルコ・アウレリオ・ベルタイオリ氏らが祝辞を述べた。東広島市で生まれて3歳で渡伯し、現在82歳の堀井氏は謝辞で清水主管らの相談を受けて新寺建立に協力したことに触れ、「柴田さんの協力もあって、お寺ができたことはありがたいこと」と謝辞を述べた。

「南米教団の宝」が完成 モジ本願寺寺基移転落慶法要
演芸会の最後を飾ったレプレーザ連の阿波踊り
 午後2時から始まった祝賀会では、舞台上で鏡割りが行われた後、塚原忠男護持会相談役の発声で乾杯。清水主管はあいさつで「今年6月13日で私が開教使としてブラジルに来てから、ちょうど50年が経ちました。その年にこんな記念のお祝いができることは幸せで、開教使になって本当に良かったです。皆が喜んでくれるお寺にしていきたいと思いますが、堀井さんと柴田さんには本当に心からありがとうと言いたい」と述べ、改めて両家族の惜しみない協力に感謝の意を表していた。

 その後の演芸会では、ミカ幼稚園の太鼓ショー、京藤間流の日本舞踊、グループ民の民謡、レプレーザ連の阿波踊り等が披露され、華を添えた。

2016年7月2日付

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