「本当に私たちの村なのか」 長老・安永忠邦さんも感無量

「本当に私たちの村なのか」 長老・安永忠邦さんも感無量
眞子さまに花束を渡す安永忠邦さん(左)

 「今日(22日)はあまりに良すぎて、本当に私たちの村なのだろうかと錯覚を起こしています。いやー凄い。プロミッソンにおいてこれは最高。本当にありがとう」―。目を潤ませ、興奮冷めやらぬ様子で話す同地の長老格・安永忠邦さん(97、2世)は「嬉しいよりも感無量です」と胸を詰まらせた。

 忠邦さんは、同地開拓の祖であり「移民の父」の上塚周平氏と直接言葉を交わした唯一の存在でもある。「上塚先生が最期の病にかかった時、プロミッソン日本語学校の生徒を代表してお見舞いに行った。すると先生がしっかり私の手を握って、『頑張ってくれよ』と話された。これは一生、私の脳裏から消えません」と上塚氏との最期の会話を思い返し、幼少期に「事務所のおじさん」と慕い、上塚家を兄弟3人で訪れていた忠邦さんは上塚氏の夫人から聞いたエピソードも話してくれた。「上塚先生は、日曜日になると遊びに来る私たち3人を見ると、『安永の3有志が来よるぞ。芋でも蒸(ふ)かしておけ』と言っていたそうです」と回顧する。

 忠邦さんは「今日の出来事を上塚先生がどんなに喜んでおられるか」と喜びを語り、「日系の家族数が減っていく中、日系コロニアが今の状態を継続していくことを願う」と同地への想いを口にした。

 プロミッソン日伯体育協会元会長の森久昭治さん(91、広島)は「眞子さまがおいでになるなんて、こんなお祝いは初めて。入植100周年を見られて、長生きしていて良かった。まだまだ頑張ります」と笑顔で話した。

 蔀(しどみ)康長さん(78、2世)は「日本で仕事をしていた際、仕事で皇居に2、3回入ったことがある。入った時のことはよく憶えているし、今日実際に会えるのは本当に嬉しい」と喜ぶ。

 同地居住歴が長い中里晃三さん(78、長崎)は、1958年の移民50周年祭で、リンスを訪問された三笠宮殿下のお出迎えのために、トラックの荷台に乗って飛行場まで向かった想い出を語ってくれた。中里さんは「今回は3世、4世、5世のグループでやった初めての催しだが、これだけ盛大な催しをやったのはプロミッソンでブラジル人、日系人通して初めてだと思う。私たち1世はできることで応援してきた。今日のことはプロミッソンの誇り。拍手を送りたい」と語った。

2018年7月26日付

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