「移民歌」に懸ける思い㊤ 井上さんの作詞手がける国谷さん

「移民歌」に懸ける思い㊤ 井上さんの作詞手がける国谷さん
「くるみの樹」の国谷さんと、やまのはさん(右から)

歌詞に込めた先駆者への感謝の心

 【大阪発・松本浩治記者】1998年から20年間にわたって毎年のようにブラジルを訪問している日本の歌手・井上祐見さん(42、愛知)が、今年3月に在クリチバ日本国総領事館から公館長表彰を授与されたことは記憶に新しい。同氏のオリジナル曲『ソウ・ジャポネーザ』『オブリガーダ笠戸丸』を作詞したのが、日本で音楽プロデューサーとして多彩な活動をしている国谷幸生(くにたに・ゆきお)さん(70、大阪)だ。ブラジルを訪問した経験はないが、作詞の際に兵庫県神戸市にある「海外移住と文化の交流センター(旧神戸移住センター)」を訪問するなどして移民の心情を理解することに努めた。現在、やまのは・かずみさん(61、大阪)と「くるみの樹」という名の男女デュオで主に60~80年代の往年のヒット曲などを歌う活動を行っており、ブラジルでの初公演実現も視野に入れている。井上さんの歌詞に込めた思いなど、大阪市内で国谷さんに話を聞いた。

 国谷さんは関西学院大学時代にクラシック・ギター部に所属。卒業後は、大手広告代理店に勤務するなど、多忙な日々を過ごしてきた。50代になった時に、20代前半から知り合いだった作曲家の藤山節雄氏(故人)と再会したことなどをきっかけに、好きだった音楽活動も再開。広告代理店を引退した現在も、作詞や歌唱指導、月3回のライブ公演といった活動を幅広く行っている。

 2001年、井上さんのマネージャーの中嶋年張氏からブラジル日本移民に関するオリジナル曲作成の依頼を受けた際、国谷さんは移民の心情を理解するため作曲家の藤山氏、井上さんとともに、海外移住と文化の交流センターに赴いた。

 「ブラジルに行ったことはありませんが、(同センターは)インパクトがあり、『こんな所があったのか』と感慨深いものがありましたね」と当時を思い出す国谷さん。『ソウ・ジャポネーザ』の歌詞にも出てくる「移住坂」を登りながら、「(井上)祐見ちゃん自身が2世、3世の人であったなら、どういう歌を歌うのかとイメージして」同曲を作詞したという。

 2曲目のオリジナル曲『オブリガーダ笠戸丸』は、2008年の移民100周年時に中嶋氏から依頼を受けて、同じ作曲家の藤山氏とのコンビで生み出した作品だ。国谷さんは「『ソウ・ジャポネーザ』が神戸を出て行った時のものであるのに対して、『オブリガーダ笠戸丸』はブラジルに着いてからの心情を書いたもの。笠戸丸移民のことを調べていくと、悲惨なことばかりでしたが、移民がブラジルに根を下ろすに際して、原点である笠戸丸に、その船に乗る先人のご苦労に感謝するものにしたかった」と説明する。

 『オブリガーダ笠戸丸』が誕生してから10年が経つ今年は、ブラジル日本移民110周年の節目の年に当たる。しかし、中嶋氏はあえて「移民111年目の来年に井上祐見がブラジルに居られるほうが大事です。移民100周年の時もそうだったように、大きな節目の次の年に、またいつものようにブラジルに立っていることが大切だと考えています。日本には四季があります。でも、井上にはもう一つ、ブラジルという季節が毎年のように巡ってくるんです」と思いを語る。

 そうした中で、井上さんたちにとって第3弾目となるオリジナル曲を国谷さんに依頼したい考えもあるが、数年前に作曲家の藤山氏が他界しており、これまで一緒に「移民歌」を生み出してきた国谷さんにとっては「彼がいない今、次の作品を作っていいのか」という心情があるようだ。(つづく)

2018年5月25日付

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