「移民歌」に懸ける思い㊦ 「くるみの樹」伯国初公演に向け始動

「移民歌」に懸ける思い㊦ 「くるみの樹」伯国初公演に向け始動
当時の旅券内の写真。後列右端が母親の千代さん

◆母の歌を曲作りに

「移民歌」に懸ける思い㊦ 「くるみの樹」伯国初公演に向け始動
やまのはさんの祖父が持っていた当時の旅券

 「くるみの樹」の国谷幸生さん(70、大阪)のパートナーである、やまのは・かずみさん(61、大阪)の母親・山端(やまはた)千代さん(91)は、サンパウロ州ジュキア線のイタリリで生まれた日系2世だ。太平洋戦争が始まる前年の1940年、千代さんは13歳の時に親に連れられて沖縄へと戻り、その後、大阪に出た。大阪で生まれたやまのはさんは、幼少の頃から千代さんがポルトガル語を話す姿を見てきたが、現在認知症になっている母が日常的に口ずさむポルトガル語の歌が気になっている。

 「オーソレ レスポンタール コンビダール…」―。言葉の意味は分からないが、母が歌うメロディが、やまのはさんの脳裏に焼きついて離れない。

 認知症になった母から、その意味を聞きだすことはすでにできない。しかし、「自分のルーツを探すためにも、一度ブラジルを訪れるのもいいかも」と、数年後をめどにブラジルで初の「くるみの樹」公演を実施していく話がこのほど、一気に浮上。国谷さんたちは実現に向けて動き出した。

 「くるみの樹」は8年前に結成。それまではそれぞれに音楽活動を行っていたが、ある会場で会った時に「一緒にやってみようか」と話が弾んだことで実現したという。

 現在、月に3回の割合でライブ公演活動を行っており、毎月第2・第4火曜日の午後7時からは大阪市梅田の第1ビル地下にある老舗の喫茶店「マヅラ」(大阪市北区梅田1―3―1)で「忘れられない歌がある」をテーマに、懐かしいフォークやJポップス、洋楽の弾き語りによる歌声を披露している。

 そのほかにも、大阪市内や関西圏の老人ホームを慰問するなど各種イベントにも出演。「2人合わせて131歳の男女デュオ」と称して、約100曲のレパートリーを誇る。数多いレパートリーの中で、ほぼ毎回歌われるのが、国谷さんが作詞した井上祐見さんのオリジナル曲である『ソウ・ジャポネーザ』と『オブリガーダ笠戸丸』だ。

 今年4月18日に大阪府警関連の会場で歌ったライブ公演には、70代前後の高齢者を中心に約70人が詰めかけ、来場者たちは「くるみの樹」の歌声に聴き入った。その中でも『オブリガーダ笠戸丸』が歌われ、好評を博した。

 やまのはさんは自ら作曲活動も行っており、「母親が口ずさんでいる『オーソレ レスポンタール コンビダール…』を元にして曲を作りたいとの気持ちもある」とし、その曲を母の故郷であるブラジルで披露したいとの考えもあるようだ。

 5月3日には、国谷さんに連れられて初めて神戸市の「海外移住と文化の交流センター」を訪問した、やまのはさん。同センターで祖父母の乗船者名簿が見つかり、祖父の松田亀吉さんは1921年に「河内丸」で単身、渡伯後に、妻のカマダさんを呼び寄せていたことが判明。「自分のルーツをたどれて、感動しました」と喜びを表していた。

 一方、やまのはさんの思いとは別に、井上祐見さんとマネージャーの中嶋年張氏にとっては次の「移民歌」誕生の期待もある。

 国谷さんも、「くるみの樹」のブラジル公演の実現とともに、第3弾の「移民歌」が生まれることを願っており、それぞれのブラジルへの思いが動き始めた。(おわり、松本浩治記者)

2018年5月26日付

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