【今月のエッセイ】人生楽しくいきましょう 松野 雅代

人生楽しくいきましょう 松野 雅代
1998年、ポケロン海岸に「ブラジル日系移民90周年」を記念して建てられ、エミサリオ・スプリーノ公園に移転された像の下で、当時の移民の思いを馳せながら、Flavio と夫と3人で撮りました。

 12月に還暦を迎えました。

 学生時代の友人達は、還暦を境に一歳ずつ若くなってるかのように色々な部門で活躍しています。日本のラテン、九州育ちのなんちゃってスペイン語専攻、そしてその性格をご存知のどなたかの御意志でブラジルに住むこととなった日本人。私は、カリスマ主婦にもなれず、職業婦人にもなれなかったので、人生を楽しく過ごす達人になりたいと言うのが、毎年の抱負です。

 私の人生は、Gracas a Deus
大学受験で志望校からは、桜散る。
何故か思ってもみなかったスペイン語を専攻。
何故か、スペイン語を専攻した私が、スペイン語圏ばかりの南米大陸で唯一ポルトガル語圏のブラジルに住んでいます。

 Gracas a Deus
面白い出来事に遭遇する事もしばしば。

 今から40年近く前、サラマンカ大学の夏期講習でスペイン語を勉強した時のこと。
たまたま三浦さんと言うサラマンカ在住の方と知り合い、日本人だということだけで、とても良くして頂きました。
その後、東京の旅行社に就職して、取引先の保険会社の三浦さんという方と話していたら、「兄貴がスペインに住んでいます。サラマンカ」
「まさか、お兄さんの名前はたかしさん?」
偶然にも、サラマンカで知り合った三浦さんの弟でした。

 その後、2度目のサラマンカ大学の夏期講習に参加した時にも、又々、偶然にもたかしさんとお会いして、お世話になりました。

 ブラジルに関係する面白い出来事もあります。
現在は、サンパウロに住んでいますが、夫の仕事の関係で、以前、Manausに住んでいました。

 帰国後、サンパウロから私の属していた通訳ボランティア団体へ、通訳依頼が英語でありました。会ってみるとポルトガル語しか話せない沖縄空手の名手のブラジル人。私の拙いポルトガル語で、彼の通訳をしたのが今から15年くらい前。その後も、彼が日本を訪れた際には、空港から電車の駅への送りだけのほんの数時間を、2、3度、お手伝いをしただけのご縁でした。
そして、昨年、思ってもみなかった2度目の夫のブラジル赴任、それもサンパウロ。日本人以上に日本人の精神の持ち主Flavioからツルの恩返し以上のおもてなしをして頂いています。

 今年もどなたかの御意思で、人生を楽しく生きていきたいと思っています。

2018年1月30日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password