【今月のエッセイ】金婚式を迎えました カストロ 蓼沼(たでぬま) 弘美

【今月のエッセイ】金婚式を迎えました カストロ 蓼沼(たでぬま) 弘美
蓼沼さん夫妻

 考えたこともない、私たちが50年も一緒に過ごしたとは、半世紀よ。婚約してから3カ月後、松葉杖をついたまま、結婚した私たち。ノビ・デ・ジューリョ通りのアパートに住むことになりました。トマトの箱何個かに物を入れ、ミシンを持って、私のエンショバル(嫁入り道具)。移民として、ブラジルに来て、9年目の出来事でした。

 カンバラの農園に母、兄、弟、妹を残して、妹と弟は、学校に通っていた。

 兄と弟が父母と一緒に、畑の仕事をしていた。この農園は、シャバンテスで、米作りをして得た土地でした。私も、洋裁学校に通わせてもらい、少しの縫い物はできたと思います。

 適齢期になり、好きになった相手と一緒になれたこと、これからどんな人生が、始まるかも何も考えずの第一歩を踏み出しました。

 1年アパート暮らしをして、長男が生まれ、仕事の都合から、ポア市に引っ越ししました。大きな家で、引っ越しを手伝った友人が、「8a80」と言って大笑いしました。

 狭い家から大きな家に引っ越したのでそう言ったのでしょう。広い庭があり、バラを植えたり、花に囲まれての生活、次男も生まれ幸せな日々でした。長女も生まれ、バラ色の人生?

 長くは続かず3人の子供を連れ、ブラジリアへ引っ越し、次女と三男が生まれ、5人の子持ちになりました。みんな良い子供たちで、知らない土地で、スクスク成長して、トマト作りを体験しました。

 色々あり、何年か経ちパラナ州のアンジラの父母の所に引っ越し、フェイラを手伝ったりしながら、カンバラの日本語学校にお世話になりました。

 子供たち相手に大変だったけど私たちの子供たちも大きくなり、色々なことがありました。

 随分、引っ越しを繰り返して、今住むカストロは、39年です。ここが終の棲家だと思います。親の都合で引っ越しを繰り返し、子供たちも嫌な思いを沢山したと思います。子供たちの気持ちを考える暇もなく、大きくなり一人立ちして、人生を歩んでいる子供たちに、感謝しています。

 今私たちは、カストロで終生を送っています。日本にも、10年出稼ぎに行き、日本を見て来たし、いろいろなことがありました。結婚生活って、我慢に我慢をしたからこそ、続いたんだと思います。この長い人生、何回も、もうだめと思ったことがあり、次男が死んだ時、考えさせられることがあったり、事あるごとに学ばされることだらけだった。

 主人は、この世に1人だけど、私は、兄、弟、妹が元気です。先月はみんなで、サンタ・カタリナ州の海岸に行って来ました。2014年日本へ、16年ヨーロッパ旅行以来の海に行き、みんな年を取ったけれど、あの頃の話をできることは幸せを感じました。

 来年はまた日本に住む、兄に会いに行こうと、話に花が咲いた 年目でした。ボケることなく、元気で友人たちと仲良く、楽しく暮らしたいものです。生きてる限り今日に感謝して…ありがとう。

2018年5月29日付

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