【特集】伯国石川県人会 創立80周年記念式典

【特集】伯国石川県人会 創立80周年記念式典
石川県から送られたハッピに身を包んで乾杯

県民上陸100周年、会館落成22周年 270人が出席、盛大に祝う

【特集】伯国石川県人会 創立80周年記念式典
慶祝団、来賓、そして式典に携わった会員ら

 ブラジル石川県人会(森永正行ジェラルド会長)主催の県人会創立80周年及び県人移民上陸100周年、会館落成22周年式典が、8日午前10時からサンパウロ(聖)市ベラ・ビスタ区の「クラブ・ホムズ」で開催された。式典には母県から竹中博康副知事をはじめ、米澤賢司県議会議長ら慶祝団10人、移住家族会の中西伸一会長ら5人が来伯。節目の年を270人の出席者と共に祝った。

 式典には来賓として在聖日本国総領事館の関口ひとみ総領事代理、ブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長、サンパウロ日伯援護協会の与儀昭雄会長、ブラジル日本都道府県人会連合会の川合昭執行理事、ジャパンハウスの平田多美子アンジェラ館長、マナウス石川県人会の岡本ケン会長、日系議員の代理人ら9人が出席した。

 あいさつに立った森永会長は初期県人移民や県人会の歴史を振り返り、「県人会の発展及び数々の業績は歴代県人会長や幹部、会員の努力と苦労の賜」と述べ、「現会長として会員相互の親睦が石川県会館を通じて末永く続くことを願います」と会館を中心とした県人会活動をしていきたいと語った。

 谷本正憲県知事のビデオメッセージ、各来賓の祝辞の後、記念品の交換や高齢者表彰が行われ閉会となった。閉会後は記念祝賀会となり、ケーキカットと鏡開きが行われた。

 式典には先駆移民であり、2代目会長を務めた安田友次郎氏の娘である沢田ヒサコさん(85、2世)が記念品受贈のため出席。沢田さんは「父は13歳でレジストロに入植して以来、農業をずっとやっていたが、医療機関が近くになかったことで娘2人を亡くしてしまい、サンパウロに出てくることを決めた」と移住初期の苦労話を語った。また、「県民をまとめるため県人会の活動にはすごく熱心で、県人会のためだったら田舎まで行って寄付を募っていた。あの時の父の働きが今の県人会につながっていると思う」と県人会長としての安田氏の功績を振り返った。

石川県人移民の歴史

 石川県人からの移民は1917年に「しあとる丸」で来伯した安田安兵衛ら3家族29人から始まる。安田家はレジストロに入植し、農業に従事。安兵衛の弟、友次郎は1937年の石川県人会の発足に関わり、2代目会長として県人会の発展に尽くした。

 戦後の移民事業再開後はアマゾナス州エフィジェニオ・サーレス移住地にマナウス石川県人会初代会長を務めた錦戸理平ら同県移民2家族が入植。その後、同県からの移民らは同植民地発展のために尽力し、「南米石川村」と呼ばれるほどの活躍を見せた。同県からの移民は戦前と戦後合わせ、2359人となっている。

 県人会は1937年に「共存共栄」をモットーに41人の県民移住者により発足。72年には県費留学生、85年には研修生などの制度が開始され、現在は高校生、大学生、専門研修の3つを実施している。また県主導で80年に始まった墓参事業では、一度も帰国したことがない移民やその家族ら318人が、懐かしいふるさとを訪問する機会に恵まれた。

 1995年には母県からの助成金を得て、念願の会館を建設。落成後は陶芸や水彩画など6つの文化講座を行い、「文化の県人会」として、文化祭りを開催するなど活発に活動を行っている。名称となる「石川会館」には「県民や子弟以外も石川県とつながることができるような場所になるように」という願いが込められている。

 2005年には小堀勇ジェラルド氏が2世として初めて会長に就任。1世が減少していたこともあり、執行部を2、3世のみに一新した。世代交代後は、県人会と疎遠になっていた県人子弟らが活動に参加するようになり、活気を見せている。

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2017年10月14日付け

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