【特集】祝 日伯友好病院設立30周年

【特集】祝 日伯友好病院設立30周年
病院の概要を説明する天内院長

日系社会の健康支え 安心と信頼築いた医師・職員

 日伯友好病院(天内ヴァルテル院長)は22日、設立30周年の記念式典を同病院会場で開催、来賓として野口泰サンパウロ総領事、佐藤洋史JICAサンパウロ出張所次長ら招待客100人を集めて開催された。

 式典は司会による開会宣言、バイオリン2本の伴奏による君が代斉唱、続いて22人編成混声合唱団によるブラジル国歌斉唱で始まった。

 まず、日伯友好病院の経営母体サンパウロ日伯援護協会の与儀昭雄会長からこれまで病院を支えてくれた日系コロニア、日本政府、日伯各企業への謝辞が行われ、続いて天内院長から病院の歴史、これまでの活動実績、他の大型病院に対する同病院の優位性、そして現在保有する高度な病院機能の一部としての癌治療への内視鏡手術の有効性、地域社会への貢献としての青少年育成プログラム、また経済雑誌からブラジル優良企業1千社のひとつに選出された事をが紹介された。

 来賓の祝辞は野口総領事、佐藤JICA次長、西尾ロベルト文協副会長らが行った。

 次に式典のメイン行事とも云えるこれまで病院に特に貢献のあった菊地義治援協前会長、病院設立当時の中心人物だった故竹中正・元援協会長の長女・竹中むつさんとその家族ら50人の皆さんに与儀会長から感謝の言葉を刻んだプラッカが手渡された。

 式典の終盤は30周年記念のケーキカット、山下忠雄援協元事務局長による乾杯の音頭で締め括られた。

 

【特集】祝 日伯友好病院設立30周年

創業の理念を守り 患者本位の姿勢貫く

 日伯友好病院は常に患者の満足度の充足を心がけてきました。これまでの病院の実績は、より良いサービスの提供を目指して患者に接してきた個々の医療スタッフの献身的な働きとそれを受け入れてくれた患者の方々と関係者の皆様のご支援の賜物です。今後も更なる医療サービスの品質向上を目指して努力をしてまいります。

 

サンパウロ日伯援護協会の歴史 日本移民の生活支援、福祉、医療に大きな足跡

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与儀昭雄会長(前列中央)を支える役職員

◆「移民の家」管理・運営目的に設立

 1953年1月から日本人のブラジル移住が再開された。第2次世界大戦が終了して8年目だった。再開と同時に日本からの移住者が増え、58年の記録では年間6000人もの移住者が新天地を求めてやって来た。

 当時は新移住者の受け入れ態勢は劣悪で、入国審査をするサントス税関は混み合い、長旅で疲れた身体を休める場所もなかった。移住者たちは、炎天下で長い行列を作り、夜になると冷たいコンクリートの上で待たされた。倉庫の軒下で雨露をしのぐ移住者も少なくなかった。

 こうした新移住者に休息の場(宿泊所)を提供しようと日本海外協会連合会(現JICA)が音頭を取り、日本政府が補助してサントス港税関近くに「移民の家」が作った。ここを管理・運営する組織として59年1月、日系人代表32人によって「日本移民援護協会」が設立された。これがサンパウロ日伯援護協会の前身である。

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やすらぎホーム新館

 援護協会の初代会長には安瀬盛次氏が就任し、61年4月に中沢源一郎氏が2代目会長に就任した。中沢氏の働きで援護協会は63年、サンパウロ州から公益団体として認可された。公的な団体となったことで援護協会は、幅広く活動出来るようになった。

 時を経て「日本移民援護協会」は「日本移住者援護協会」に名前を変え、72年に現在の「サンパウロ日伯援護協会」の名称になった。この名称変更でサンパウロ日伯援護協会は日系社会だけでなく、ブラジル社会にも貢献する福祉団体になった。同協会は日系社会では親しみを込め「援協(えんきょう)」と呼ばれ始めた。

◆日系社会の医療 福祉を支える

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PIPAの発表会の様子

 「移民の家」の管理・運営からスタートした援協は、仕事の範囲を徐々に広げていった。医療設備に恵まれない奥地の移住者のために奥地巡回診療を始め、63年にはブラジル日本文化協会ビル地下に日本語で対応する診療所も作った。この診療所はブラジル語に不自由な1世たちには好評だった。

 60年代も後半になってくると、日系老人問題が持ち上がってきた。戦前移住者の中には家族、保護者に恵まれない孤独な老人も目立つようになってきた。援協は老人問題を無視出来なくなり、日系社会に老人問題対策の重要性を訴えるため講演会、映画会などを開催する一方、老人介護施設「サントス厚生ホーム」(74年開設)、リハビリ施設「やすらぎホーム」(77年開設)、老人ホーム「スザノ・イペランジャホーム」(83年開設)、総合病院「日伯友好病院」(88年開設)などを次々に開設していった。

 92年にはカンポス・ド・ジョルドンに老人保養施設「カンポスさくらホーム」も設けている。援協本部には社会福祉部を設け、生活相談、家庭内の問題解決、さらには就職、年金、医療などの相談まで行うようになった。

◆ブラジル国内でも高い評価

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リベルダーデ区ファグンデス街にある診療所

 援協は幅広い福祉と高度な医療サービスを提供する福祉団体として、ブラジル国内外で高く評価されるようになった。

 福祉の面では、社会から落ちこぼれ、苦汁をなめている人に救いの手を差し伸べた。福祉士、心理士、弁護士などがカウンセリングにあたり、親身になって問題解決に取り組んだ。運営する老人ホーム、介護施設には医療専門スタッフを揃え、収容者を手厚く療養、保護した。

 医療面では今でも医師、看護師、検査技師がチームとなって、奥地巡回診療を行っている。もちろん診察は日伯両語で行い、受診者に喜ばれている。診療は問診から始まり、血圧測定、血液検査、眼科診察、婦人病診療、心電図と多岐にわたっている。検査の結果は数時間後には受診者に医師が説明するという素早さである。

 この他、2013年には日伯友好病院に次いで統一医療保険システム対応のサンミゲル・アルカンジョ病院も開設、42名の医師団が診療に当たっている。また、ブラジル初の自閉症児療育施設も設立し、援協ビルには「リベルダーデ医療センター」を開設、日系、非日系の別なく外来診療、歯科診療、人間ドックを実施している。

病院建設は日本移民の悲願

Mensagem – Dr. Akeo Yogui e Dr. Walter Amauchi

2018年9月25日付

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