【特集:民謡協会③】日本民謡協会国際文化交流ブラジル大会

日本民謡協会国際文化交流ブラジル大会
プ・プルデンテ公演での演奏

プ・プルデンテ奥地支部公演

日本民謡協会国際文化交流ブラジル大会
人生最高の思い出、プロの伴奏で唄う来場者

 公益財団法人・日本民謡協会の公式訪問団プレジデンテ・プルデンテ公演は11日、ACAE(プ・プルデンテ文化農業スポーツ協会)ホールで行われた。

 訪問団は日本民謡協会常務理事の金子利夫団長、日本民謡協会一般会員オブザーバーの山本代富氏、そして演奏者の菊池淡茂副団長(三味線、歌手)、佃光堂(歌手)、福島竹峰(三味線、歌手)、佐々木淙山(尺八)、清野明子(太鼓、歌手)の7人。

 公演は午前9時から午後6時まで途中に休憩を挟みながら28曲を演奏、箱根馬子唄と秋田長持唄では唄解説と共に唄い方指導が行われ途中に数回のワークショップが挿入された。

 また来場した民謡ファン34人をステージに上げてプロの三味線、尺八、太鼓による伴奏で唄ってもらう大きなプレゼントもあった。

 尺八奏者の佐々木さんは「尺八は民謡伴奏の中、最も体力を消耗する楽器で民謡界の土方ぐらいに言われますが、プルデンテの皆さんが活き活きとして演奏を聴いてくれた事に応え、一人でも多くの人に唄ってもらおうと頑張りました」と汗を拭いた。

 また公演の途中には金子団長から日本の岸田文雄外務大臣の公演へのお祝いメッセージが代読された。

 公演後には先の佐々木さんに続いてプ・プルデンテの印象を尋ねると菊池副団長は「皆さんのお顔がとても穏やかで私の父親ぐらいの年代にあたる昔の日本人はこうだったと思いました」。

 佃さん「民謡に対する情熱は日本以上で驚きました。ただし今後は抜くべきは抜いて細く長く民謡を楽しんで行ってもらいたいです」。

 福島さん「9年前の日本移民100年祭の時にも当地を訪問していて今回は懐かしい皆さんに再会、日本の心とか原風景を見ました」。

 清野さん「実は大学生だった25年前にもこちらを訪問させてもらっていて、ただいまという感じです。皆さん、唄も上手くなっていました」と語った。

 同地での昼夕食接待はACAE婦人部の女性がブラジル産の米・醤油・味噌を基本に魚料理、漬物等を提供、それまでシュラスコ等の肉攻めに胃袋が疲れていたであろう訪問団員の中にはご飯に味噌汁をかけた「ねこ飯」を何杯も御代りする人、きゅうりの漬物に日本の昔の味を思い出す団員もいた。

 日本の一流民謡演奏家5人が遠くブラジル内陸地の民謡ファンの所まで来て出前コンサートを行った今回の公演、体力的にも日本ではありえないハードスケジュールだったにも関わらず最高の演奏を披露した。

◆民謡訪問団が日本人墓地を訪問

 7月10日午後3時、日本民謡協会公式訪問団の一行がプ・プルデンテ市を訪れて最初の行事は同市から12キロ近郊のアレバレス・マシャード市の日本人墓地への参拝、同墓地を管理するAマシャード文化スポーツ協会(佐野アルベルト会長)の皆さんが一行を出迎え、管理人の小梅川登志雄さんが墓地の歴史を説明した。

 同墓地には日本人の英霊784柱が祀られ毎年7月に開催される「招魂祭」が地域の大切な行事となっており、墓地に隣接する公園内には第2次世界大戦のイタリア戦線に参戦して戦死した日系人兵士のための「忠魂碑」が建立されている他、戦前からの築100年を超える日本語学校の校舎が歴史遺産として保存されている。

◆伯国国会議員連盟から金子団長に感謝プレート贈呈

 公演の中、伯国国会議員連盟からこれまでブラジルの日本民謡発展に多大な貢献のあった日本民謡協会に対して「プラッカ・オメナージェン」(感謝の言葉を彫った金属板)がウォルテル飯星下院議員の安永信一特別補佐官から金子利夫団長に手渡された。


民謡訪問団、Pプルデンテ市役所訪問

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車椅子が佐藤副市長、金子団長と菊池副団長の間がブガーリョ市長

 プ・プルデンテ市最終日の12日午前、公式訪問団一行は市役所を表敬訪問、ネルソン・ブガーリョ市長と日系人のドグラス佐藤副市長が一行を出迎えた。

 金子団長から訪伯の趣旨等挨拶が行われ、ブガーリョ市長からは同市がブラジル全国6000地方自治体の中、上から25番目に暮らしやすい街であること、醤油や清涼飲料水の日系企業4社が大工場を運営して市の雇用に貢献している事などを紹介した。

 かつては広島県福山市と姉妹都市関係にあったが今はその関係も消滅してしまったので日本民謡協会の尽力でまた何か新しい親善関係を構築できないものかとの要請が行われた。

 佐藤副市長は日系3世32歳の若さ、18歳の時にオートバイ事故で下半身不随となったがその後、勉学に勤しみ市会議員を経て現在は市長の片腕となる副市長に就任している。


日本民謡協会本部が顕彰 協会章1人、敬寿章17人

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日本民謡協会から表彰された15人の皆さんと金子団長(右)

 日本民謡協会はプ・プルデンテ公演の中、民謡の発展に貢献のあったブラジル奥地支部会員の 人を敬寿章、会員歴 年を超えた1人に協会章を贈った。

 受章者は次の通り、敬寿章=木村美代子、加賀美良枝、田中民子、満崎光江、野村イサオ、宍戸花子、勝谷初代、仲宗根いね子、高森タツ、李オルガ、石井久代、村松波江、三好清子、溝渕勝子、谷口琴江、小野忠義、青柳邦男、協会章=吉加江真知子。

 なお、授章式には3人が欠席した。

 

 


日本民謡協会奥地支部の歩み 小野忠義さんの思いが実り17年の歴史

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金子団長から表彰される小野顧問

 日本民謡協会ブラジル奥地支部(橋岡勉支部長)が設立され、今年で17年が経過した。奥地支部の創設者で前支部長の小野忠義さん(91歳)は、民謡と縁のない生活を送っていたが、1978年サンパウロ新聞に掲載された記事を読んで民謡に興味を持った。ブラジルにおける日本民謡普及の功労者と言われる藤尾隆造氏が日本から引率してサンパウロで行った「第2回日本民謡ブラジル文化使節団」の来伯の記事だった。

 民謡について知らなかったが、有志を集めて「プレジデンテ・プルデンテ民謡協会」を設立したのが85年。当時25人で始めた協会は、発足2年後にはサンパウロ大会で優勝者を出すなど、着々と実力を付けていった。90年には日本郷土民謡協会の創立30周年式典参加のため訪日し、「ぜひ、ブラジルの地方公演を実現させたい」と藤尾氏に陳情。意気に感じた藤尾氏は、「サンパウロだけではブラジルにおける民謡普及につながらない」と、快く協力を約束した。

 しかし、同年11月に予定されていた藤尾氏の民謡使節団のブラジルでの地方公演は実現せず、8年後の98年にようやくプルデンテでの公演が実現した。当時、ブラジル日本移民90周年を記念して「第11回日本民謡ブラジル文化使節団」が来伯。藤尾氏が日本各地の民謡歌手17人を引率し、初めてプルデンテでの公演と交流活動が行われ、成功裡に終了した。

 2001年には、日伯の民謡交流を実践してきた藤尾氏の紹介でプルデンテに日本民謡協会ブラジル奥地支部を発足させ、小野さんが初代支部長となり以後13年間にわたって同地域の民謡普及と発展に尽力し、後進に支部長を譲り現在に至っている。

日本民謡協会国際文化交流ブラジル大会

 

2017年7月20日付

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