ある外交官のジレンマ㊤ 「アル中」か「ブラキチ」か

 ブラジルを訪れた日本人は、誰もがブラジルを好きになる。外交官も例外ではない。ブラジル大使やサンパウロ総領事に赴任が決まった日本の外交官を長年取材してきたが、「世界一の親日国なので勤務を楽しみにしている」という言葉が常套句だった。極めつけは、大口信夫だ。1970年、サンパウロ総領事の時に誘拐されて釈放後、日本に帰国するときに、「必ず大使になってブラジルに戻ってくる」と約束した。誰もが、リップサービスだと考えたのだが、9年後、大使としてブラジリアに着任した。それぐらい、魅力のある国がブラジルだ▼ところが、ブラジル大使館に公使として着任したこの男は、入省以来、メキシコ、中米、アルゼンチンとスペイン語圏の国々に勤務し、ブエノスアイレスの虜となった「重度アルゼンチン中毒」(アル中)患者だった。アルゼンチンは、1960年頃まで経済的には南米をリードし、文化的にもブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれるほど、綺麗な都市でブラジル人が足元にも及ばない国で一目置く存在だった。ところが、ブラジルはアルゼンチンを凌ぐ経済発展を遂げ、いつの間にか南米を代表する大国にのし上がった。当然、アルゼンチン人は面白くない。ブエノスアイレスに心酔したこの外交官も同じ思いを抱いていた▼ブラジル勤務から戻った外交官の先輩や同僚からブラジルの良さを聞かされ続けていたことから、「ブラジルの化けの皮を剥ぎ取ってやる」と意気込んでブラジリアに赴任したのが2013年。会う人ごとに「アル中」を宣伝し、ブラジルに対する嫉妬をバネに仕事を始めた。ブラジルに住んだり、勤務した経験のある人は誰でも同じなのだが、1年目はブラジルの良い面だけが見える。しかし、2年目は逆に悪い面ばかりが目立つようになる。外交官という職業は、付き合う人たちが我々と異なるので共通しているかどうかはわからない。だが、分析能力の優れた外交官は的確にブラジルの問題点をあぶりだしたことは容易に理解できる▼この段階で本国に戻れば、「アル中」を公言して帰国できたのだが、「不幸」なことに、ブラジリア勤務から2年後の2015年、サンパウロ総領事に抜擢された。よりによって、サンパウロである。かつて、ブラジル大使だった外交官は「ゴマの蠅(邦字紙記者)がいなければこんなに良いところはないんだがね」というほど、嫌われた時代があった。それでも、赴任早々からこの外交官は、記者にまで「アル中」を自負したのだ。(敬称略、つづく、鈴)

2017年8月22日付

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