ある外交官のジレンマ㊦ 「アル中」か「ブラキチ」か

 「我々は日本人から学ばねばならない多くのことがある。ジャパン・ハウスは必ずやその発信拠点となるだろう」「日本人が、その国民という最も貴重な財産をサンパウロに送ってくれたことに重ねて感謝したい」「サンパウロに日本人は規律、勤勉、家族愛、伝統の尊重という美徳を示しながらブラジル社会と絆を深めてきた」――。この言葉は、4月にオープンしたサンパウロのジャパン・ハウス開会式に出席したテメル大統領、アルキミン・サンパウロ州知事、ドリア・サンパウロ市長の祝辞である。「アル中」外交官がサンパウロ総領事の最優先課題として取り組み、置き土産となったジャパン・ハウスでの祝辞だった▼これだけではない。サンパウロ在勤中に100か所以上の日系人集住地を訪問し、地元の市長や有識者から「私たちは日本人移民から規律と誠実の文化を学んできた」と聞かされ続けてきた。「親日国と呼ばれる国はいくらもあるが、ブラジルは何が違うのか」を問い続けてきたが、答えが出ていた。「ブラジルでは日本人移住を軸に日本と共有してきた歴史を誇りに思い、今も日本文化の吸収と同化を進めることを国民の各層が真剣に考えていることだった」と振り返る▼日本政府が戦略的発信基地として意義付けたジャパン・ハウスの役割は、一世紀以上にわたり続けてきた移民の活動と重なり合う。会うたびに公言していた「アル中」もなりを潜めていた。ブラジルと日本のパイプを太くするために若い日系人の発掘に力を注ぎ、日系コロニアとの協同を説いて回ったこの外交官は、前サンパウロ総領事の中前隆博。帰朝後、中南米を統括する中南米局長に就任した。役職が中南米すべてを対象にしていることもあり、1国に偏ることもできないのかもしれないが、「アル中」と「ブラキチ」のはざまで揺れ動いている▼まるで、江戸時代初期に弾圧され、「踏み絵」を前にした隠れキリシタンと同じ思いに苦悶している。「アル中」から「ブラキチ」への転向は「転びもの」と揶揄される。しかし、転ぶ必要はない。今まで、ブラジルの良さを体験できる機会に恵まれなかっただけの話である。むしろ、それぞれの国の良さも悪さも知り尽くして「両手に華」を公言すればいい。ブラジルの日系コロニアが「ブラキチ」と呼ぶことはお許し願いたい。(敬称略、おわり、鈴)

2017年8月23日付

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