【移民106周年】カザロン・ド・シャー修復完成 記念式典に2000人参加

今月1日に開催された修復完成記念式典に訪れた人々

中谷会長「多くの人が訪問できるように」

 サンパウロ(聖)州モジ・ダス・クルーゼス市コクエラ区にある元製茶工場「カザロン・ド・シャー(以下、カザロン)」の修復工事完成記念式典が、1日午前10時から同地で開催され、1996年に発足させた民間非営利団体・カザロン保存協会の中谷哲昇会長はあいさつで、「たくさんの人々が訪問できるようにとの思いを込めて活動してきた」と強調した。約2000人が出席した式典では、18年にわたって修復のために尽力してきた中谷会長にモジ市議会から名誉市民章が授与。披露されたカザロン内では生田流筝曲正絃社美和会と都山流尺八楽会ブラジル支部深山会による琴・尺八の演奏や写真展も開かれたほか、建物周辺には民芸品や自然食品関連のフェイラなど約30店が並び、来場者の目を引いていた。

◆カザロン沿革
カザロン建設は、長野県にあった「片倉製糸」オーナーが私費で北海道大学農学部出身の農学士・揮旗深志(ふりはた・ふかし)氏をブラジルに派遣。1926年に片倉合名会社の現地支配人としてコクエラ区に農場を購入したことに始まった。紅茶の世界的生産地だったインドからヨーロッパへの航路が第二次世界大戦の影響で閉ざされたため、茶の値段が高騰。ブラジルの製茶業が好況となり、揮旗氏は日本人大工の花岡一男氏(故人)を呼び寄せて約1年の歳月をかけ、42年にカザロンを完成させた歴史がある。

 カザロンは日本伝統の木造建築技術を用いながらも、木材は当時農園内にあったユーカリを使用。基本構造はすべて組み込み方式で原木の形をそのまま生かし、正面入り口や階段の手すりなど自然のままの枝ぶりを利用するユニークな造形が目を引く。

 同工場では戦後も68年ごろまで製茶作業を行っていたが、時代を経て工場所有者が代わり、その後は農作業用の倉庫として使用。80年代初頭に地元の建築家を中心に同建物の保存の必要性が叫ばれ、82年に聖州政府文化財保護機関、86年にはブラジル政府文化財保護機関によって文化財に指定された。

 しかし、建物が老朽化し白蟻による柱の浸食被害も大きく、建物そのもののの崩壊が懸念されていた。歴史的価値の高いカザロンを守ろうと、モジ市在 住の陶芸家である中谷氏が中心となって96年に「カザロン・ド・シャー協会」を設立したが、地元の協力が得られず修復のための資金捻出は思うように進まな かった。

 2004年にブラジル文化省から総合復元工事計画が認可され、日本から大工を呼び寄せて支柱の交換などを行ってきたが、工事費の支給や材料調達が円滑に行われないことも度々あった。

  紆余曲折を経て、10年にドイツ系製鉄会社ゲルダル社が税金の一部を文化活動に還元するProAC(聖州政府の文化活動プログラム機関)を通じた資金(約 60万レアル)が助成されたことで大きく前進。その後もカザロン周辺の雨天時の水はけを良くするための細かい作業が行われ、5月半ばにはそれまでカザロン を覆っていた工事用のトタン屋根がようやく外され、内装も整備されるなどし、ようやく今月1日に修復工事完成記念式典が開かれる運びとなった。

◆修復工事完成記念式典
修復工事完成記念式典当日は、式典開催の数時間前までモジ市内では小雨が降っていたが、カザロン・ド・シャーのあるコクエラでは雲の合間から青空が広がり、午前10時の式典開始時には絶好の日和となった。
(写真下=カザロン内で行われた生田流筝曲正絃社美和会と都山流尺八楽会ブラジル支部深山会による琴・尺八の演奏)

  式典には、中谷会長ら保存協会メンバーと花岡氏の遺族をはじめ、来賓としてマルコ・ベルタイオーリ・モジ市長、ゲルダル代表のマルセロス・カバラリ・カブ ラル氏、国立文化財保護院(IPHAN)サンパウロ代表のアナ・ベアトリス・アイロサ・ガルボン氏、ProACのシルビア・アンディバス氏、安部順二下 議、佐野浩明在サンパウロ総領事館首席領事らが出席。また、花岡氏のひ孫に当たる中井ピエール・ルイス・リケッチ君(14)と中井アナ・ベアトリス・リ ケッチさん(10)の兄妹も背広と着物姿で参加し、式典に花を添えた。

 モジ市議会から名誉市民章を授与された中谷会長は 「(民間非営利団体の)保存協会を96年に発足させ、多くの時間をかけて修復作業に携わってきたが、この活動を始めたきっかけは、たくさんの人々がカザロ ンを訪問できるようにとの思いでやってきた。協力してくれる人たちがいなければ完成できなかった」と各方面への感謝の意を表した。

  花岡氏の次女に当たり、現在モジ市内に住む花岡町枝さん(86、長野)によると、父親の一男氏は渡伯当初はブラジル拓殖組合の仕事で聖州チエテ移住地 (現・ペレイラ・バレット)に住み、移民を入植させるために原始林の伐採などをしたという。その後、カンピーナスを経てモジ市コクエラ区のカザロン周辺に 住み、一男氏が約1年がかりでカザロンを完成させた。

 一男氏は厳しい人だったそうだが、家庭を大事にし、「良いことは良い、悪いことは悪いときちんと教えてくれる人でした」と町枝さんは父親の人柄を振り返る。
(写真右=鬼瓦には茶の花があしらわれ、揮旗氏のイニシャル「F」の文字が刻まれている)

  1歳で家族と渡伯した町枝さんは14歳ごろからカザロン周辺の紅茶の葉を摘む仕事も手伝い、夜は紅茶の箱詰め作業なども行ったことがあるという。「カザロ ンを造った時、パパイ(父)は『この建物の良さを分かってくれる人がいるかな』と話していましたが、生きていたらきっと喜んだことでしょう」と感慨深げに 話してくれた。

 また、町枝さんの妹で、聖市モルンビー区在住の中井エレナ・カズエさん(79、2世)はカンピーナスに住んでいた時、父親の一男氏が夜に流れ星を見た後に「戦争(第二次世界大戦)が始まる」とつぶやいていたことを今でもはっきりと覚えているそうだ。

 発足当時からの保存協会メンバーでもある妹のカズエさんは、夫が2005年から病気になったことで会の活動に参加できなくなり、昨年夫を亡くした。

  「当初は(カザロンを)どこから修復していいか分からないような状態でした。皆さんの協力でようやく完成し、たくさんの人たちがお祝いに来てくれました が、中谷さんは(保存活動を)辛抱強く続けてきて本当に勇気があると思います」とカズエさんは、中谷会長の長年にわたる活動を称賛していた。

 毎週日曜開催のフェイラなど、カザロンに関する問い合わせは中谷会長(電話11・4792・2164)まで。

2014年6月21日付

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