キューバ革命を生きた日系人㊦ 社会主義国家を生き抜いて

キューバ革命を生きた日系人㊦ 社会主義国家を生き抜いて
カストロ氏の墓石(サンティアゴ・デ・クーバ)
キューバ革命を生きた日系人㊦ 社会主義国家を生き抜いて
革命軍侵攻から 周年目を報じる地元紙

 革命後のキューバ国内では、社会主義国家へと移行する流れの中で、個人の私有財産が国有化され、富裕層はアメリカなど近隣諸国に亡命。個人商店の経営者なども、全て公務員となった。宮坂フランシスコさん(79、2世)は「小さい店などでは、個人が経営しないと商売にならない。サービスも関係なくなってしまう。チェコなどの東欧・社会主義国家に行った際も、サービスの質などは同じだった」と話す。

 また、アメリカに亡命した富裕層や反革命派の人たちが元となるキューバ系アメリカ人は200万人を超え、革命期の余波がデカセギという形で外貨をもたらしている状況もある。

 商社勤務時代の2014年、「キューバの雪解け」と言われるアメリカとの国交回復交渉が開始され、「米国とキューバの関係が良くなれば、アメリカに遠慮していた日本企業も積極的に投資・進出できる環境になる」と見込んでいた宮坂さんは、「トランプ政権になって状況は変わってしまった」と現状を見つめる。

 キューバ日系社会は、今年で移住120周年を迎える。昨年11月末に開催された第1回総会で、宮坂さんは、同周年事業実行委員会の実行委員長に選出されている。

 キューバでは革命軍が攻撃を開始し、独裁者フルヘンシオ・バチスタ氏を辞任に追い込んでから今年で60周年目を迎え、国内では大晦日から大々的に報じられていた。フィデル・カストロ前国家評議会議長が16年に亡くなり、後を引き継いだラウル・カストロ国家評議会議長も4月中の引退を表明している。ラウル氏は後任を、革命を知らない世代から指名しており、国政の転換期を迎えている。

 宮坂さんは「フィデルは親戚とか叔父の感覚。(議長としての)任期は長すぎた気もする。彼の考えに反対できる人がいなかった。弟のラウルからは2期5年と任期を決めた。この方がヘルシー(健全)だ」と語り、サンティアゴ・デ・クーバの墓地に眠るカストロ氏を回顧した。

◆1世の記憶
 日系社会では、最後の1世・島津三一郎さん(享年108、新潟)が16年に青年の島(フベントゥ島)で亡くなり、現在では日本語を話せる日系人はごくわずか。宮坂さんは「キューバでは、ブラジルやペルーのように成功したり、偉くなった人は1人もいなかったが、勤勉さや家族への愛情などキューバ人に常に好影響を与えていた。今でも、どこへ行っても良い評判を聞く。彼らが残した宝じゃないですか。子孫に対してもですね」と記者に語りかける。「我々にとって心に残る人たち」と1世を形容する宮坂さんの言葉から、革命・社会主義への転換など、キューバ激動の時代に、現地で日系人が築いてきた歴史が見えてきた。(戸)(おわり)

2018年1月23日付

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