コチア産組の栄光と悲運⑤

危機意識を欠いた甘えの構造 脇田 勅

 (2)の専務理事の独裁体制について、誤解を招かないために書き加えておきたいことは、定款に専務理事の独裁についての条文規定はなかった、ということです。定款には「業務の執行権は専務理事に付与する」との条文がありました。これが独裁の根拠になっていたのです。いずれにしても、コチアという大組織の命運はひとえにトップである専務理事独りの資質にかかっていたということです。しかも、そのトップが経営者としての資質を欠いていたということが、コチア崩壊の最大の原因です。

 私は「つぶれる会社の9割までは、社長(トップ)がダメな会社です」と後述しています。残念ながらコチア産組も、その例外足り得なかったのです。

 (3)の危機意識の欠如については、コチアには経営危機を誘発する、あるいは抑止できない構造的欠陥がありました。「これだけ大きいコチアが潰れるもんか」という甘えの構造があって、コチア全体として経営危機の認識が欠落していました。そして、危機意識の欠如は奢(おご)れる者の末路の哀れさであり、盛者必衰の無常感です。

 次に、コチアのトップに君臨した40代のS専務理事について書きます。権力志向の強い性格だったのか、S氏は運営審議会メンバーの同僚に専務理事になるための支持を依頼して、専務理事になりました。先述のように専務理事には強大な権力が与えられています。会社の社長も及ばないほどの絶対的な権力です。このような権力は持っていましたが、実力と人格からにじみ出てくる権威は皆無で、地に落ちていました。また、近代哲学の父とされているデカルトの有名な『方法序説』は次のような書き出しで始まっています。

 「良識はこの世でもっとも公平に分配されているものである」

 ところが、この専務理事にはその良識さえもありませんでした。

 S氏は専務理事就任後、自分が持っている強大な権力に酔い始めました。そして、自分自身の身の丈を忘れ、頭は高くなり腰も高くなっていきました。段々と舞い上がっていったのです。人には「分」というものがあります。彼は己の分をわきまえる、という自戒の言葉を忘れてしまったようです。

 「権力は人を酔わせる。酒に酔った者はいつか覚めるが、権力に酔った者は覚めることを知らない」とは、アメリカの政治家ジェームズ・バーンズの言葉です。

 権力は人間をダメにし、墜落させます。権力者はわがままなのです。絶大な権限を手に入れたS専務の独裁ぶりは、間もなく相手構わず目に余るほど権限を振り回すようになりました。そして、この傍若無人の振る舞いは遂に呆れるのを通り越して、絶望的で救いがたいほどになってしまいました。

 このような独裁者の思い上がりが救いがたい結果を招くのは、いつの時代もあることです。このS専務は手中に収めた権力に溺れ、墜落して遂に権力から覚めることなく自ら墓穴を掘ってしまいました。自業自得とは言え、後には職権乱用的な行為が問題になって運営審議会で専務理事を罷免されました。これが独裁者の末路でした。(つづく)

2017年8月18日付

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