ゴル機墜落事故から5年

  米国人操縦士に有罪判決

マット・グロッソ州バラ・ウニカ・デ・シノッピ市(州都クイアバ市から505キロ地点)のムリロ・メンデス連邦判事は16日、2006年9月にゴル航空1907便に接触して墜落炎上事故を起こしたエンブラエル・レガシー機の操縦士、ジョエ・レポーレ容疑者とジャン・パウル・パラジーノ容疑者の2人に対して、懲役4年4か月(米国内にある伯国機関での社会奉仕活動は可能)とする判決を言い渡した。

この判決結果は、被告人側にとっての「部分的な勝利」と見られており、154人の犠牲者の家族から反感を買っている。また、今回の第1審判決を受けて被告人は連邦裁判所に控訴することができる。
同判事は、操縦士がトランスポンダー(航空機の位置や高度、速度を指示する装置)と衝突回避システムの不良に気付かなかったことはパイロットの過失と見なした。そして「今回の事例では二つの刑を科すべきだ」と述べた。一つ目は社会奉仕事業に携わることで、二つ目は操縦士に対する飛行禁止命令だった。社会奉仕に関しては「米国内の伯国機関でも可能だが、執行裁判官がどの機関にするかを決定する」としている。

2人の操縦士は、07年5月に国内航空の輸送安全に反する罪状で、4人の飛行管制官と共に起訴された。08年に過失に対して無罪とされたが、09年に裁判所はこの無罪判決を覆して再審要求をしていた。
さらに同判事は、連邦検察庁(MPF)の主張を考慮し、操縦士が通信障害を確認するためのプロセスの採用を怠っていたと報告し、「管制機関と通信しようともせずに57分間にわたって飛行を続けた」と非難した。ただし判事は、被害者に対する損害賠償支払いに関しては判決を言い渡さなかった。

◆接触事故

ゴル航空1907便はマナウスからブラジリアに向かっ て飛行していた。対するレガシー機は、サン・ジョゼ・ドス・カンポス空港から停泊予定のマナウスに向かい、翌日に米国に向けて飛行を続けるはずだった。し かし、ペイショット・デ・アゼベード市近郊の高度3万7千キロ地点で、レガシー機の左翼がボーイング機と接触し、154人の乗客を乗せたまま墜落した。

2011年5月21日付

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