チエテ移住地の現在 ㊦ 移民史料館運営も積極的に

チエテ移住地の現在 ㊦ 移民史料館運営も積極的に
ACEPの秋末健会長
チエテ移住地の現在 ㊦ 移民史料館運営も積極的に
移民史料館友の会の会員ら(左から増田館長、管理人の楠田さん、金子さん)

 サンパウロ(聖)州ペレイラ・バレット市(旧チエテ移住地)では現在、ペレイラ・バレット文化体育協会(ACEP、秋末健会長)を中心として団体活動が行われている。同市ではACEP主催の大きな行事として「盆踊り大会」を行うなど、未だに活動は盛んだ。また、2002年に開館したペレイラ・バレット移民史料館(増田セルジオ功館長)の運営も積極的に行っている。現在のACEPの成り立ちや活動を相談役の山本進さん(82、2世)と秋末会長(73、2世)に、移民史料館の成り立ちや貴重な史料、同地の歴史などを増田館長(53、3世)に取材した。

 山本さんによれば、ペレイラ・バレット市には昔、45年に創立された日本人会と55年10月に創立されたACEPの2つの団体が存在した。当時若者が集まる会がなかったため、ACEPを創立したそうだ。その後、日本人会の役割が薄くなり、スポーツ活動などが盛んだったACEPの影響力が強くなった。山本さんは「当時のACEP会長の田中俊雄さんが日本人会会長のキシダさんと相談して、一緒になった方がまとまるという話になった」と説明し、71年に合併したACEPが現在に至るまで続いている。

 ACEPには現在、210家族が会員として所属していると秋末会長は言う。2013年に会館を改修したり、今年は天井を変えるなど定期的に修理を行っている。また、ACEP所有の総合運動場には立派なゲートボール場や、市の行事となっている「盆踊り大会」のための常設盆踊り会場が設置されている。また、移民史料館の運営費用のために、毎年恒例の「ボイノホレッチ(牛の丸焼き祭)」も行われている。

 そのペレイラ・バレット移民史料館は、02年に開館。移住史料館友の会の増田館長、管理人の楠田アルミンド義男氏(63、2世)、奥さんの楠田アキコさん(故人)、山本正則さん、山本セリナさんによって始められた。

 増田館長は、移民70周年の記念事業として1978年に聖市のブラジル日本移民史料館が開館した時に、同市からも史料が寄贈されるのを見て「ペレイラ・バレットでやればいいのでは」と幼いながらも思っていたという。その後、聖市の同史料館の館長と作り方について相談し、当時同じ思いを持っていたACEP文化部部長の楠田アキコさんと一緒に同友の会を発足。増田館長は、自身が幼い頃から集めていた写真や道具などの史料を寄贈し、ペレイラ・バレット日本語学校の跡地に同館が建てられた。

 同館の入り口には日本を連想させる小さな庭園や、日本人移民100周年の記念碑、日本語学校で使われていた土俵、当時サントス港からルッサンビーラ駅まで走っていた蒸気機関車などが置かれている。また、同地開拓時の現地責任者だった輪湖俊午郎氏の孫で画家のジェームス・クドー氏が描いた、輪湖俊午郎氏の家をイメージした絵も描かれている。

 中にはチエテ移住地の昔の写真約66点が飾られている他、昔の農具や生活用品などの道具、90年にダム建設のため水没したノーボ・オリエンテ橋の設計図(木村圭石氏作)などが飾られている。

チエテ移住地の現在 ㊦ 移民史料館運営も積極的に
当時のブラジル拓殖組合の帳簿(=ペレイラ・バレット移民史料館提供)

 また、同館には貴重な史料として当時のブラジル拓殖組合の帳簿、戦争中の写真やポ語の新聞が保管されている。増田館長が見せてくれた史料には、日本人を鼓舞しブラジル人を蔑視する比較写真や、「日本人しかいないこの町にはブラジル人が入らなければならない」という内容の新聞など、当時の緊張状態が伝わってくるものが収められていた。

 さらに、同館には日系人の史料だけではなく、かつて先住民の居住地だった際に使われていた道具なども収蔵。8月2日にサンパウロ大学(USP)から先住民が最初に入ってきた時の陶器や道具が同館に返還され、日本人移住地の史料館だけではなく「ペレイラ・バレット市」の史料館として展示物を充実させていく考えだ。(有)(おわり)

2018年12月21日付

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