ブエノスアイレス紀行⑥ 質の高い日本庭園を訪問

ブエノスアイレス紀行⑥ 質の高い日本庭園を訪問
ブエノスの日本庭園の景観

 ブエノスアイレス4日目。この日は同市内のパレルモ地区を訪れた。同地区は、サンパウロ市でいうオスカー・フレイレ通りのような場所で、多くの店やレストランが並び、若者が集う地区になっている。ただ、オスカー通りのように一本の通りに店が集中しているわけではなく、広い地区全体に店が点在している。

 アルゼンチン人の友人はニューヨークのソーホー地区に似ていると言っていたが、記者の感覚では東京の原宿と表参道一帯の雰囲気に非常に似ていると感じた。国外からの若い旅行者が宿泊するホステルが軒を連ねており、スペイン語以外の言語が頻繁に聞こえる国際的な雰囲気もよく似ている。

 パレルモ地区をぶらぶらした後は、徒歩で約30分の所にある日本庭園へ。入場料70アルゼンチンペソを払い、中に入ると赤い鳥居が目に飛び込んできて日系施設に来たなと感じる。「日本庭園にいる唯一の日本出身の日本人」と意気揚々と入場すると、そこには純和風な美しい庭園が広がっていた。

 南米最大の日本庭園は伯国のマリンガ市にあるものだそうだが、庭園そのものの美しさはブエノスアイレスの圧勝だと思う。日本にある同様の庭園と比べても遜色(そんしょく)がないように思う。巨大な松の木の横にはお寺にあるような鐘が設置されており、日本の山間の地域のようだ。かなり質の高い日本庭園で、ブラジルでもお目にかかれないレベルだ。

 茶室を覗くと浴衣姿で若い女性が受付をしていた。スペイン語で話しかけると、あまり流暢じゃないスペイン語が返ってきたので「もしや」と思い、「日本に住んでいたか」と尋ねると、20年間日本の栃木県に住んでいたと言う答えが返ってきた。

 女性は外見だけでは亜国人のように見えたが、恐らく両親のどちらかが日系人なのだろう。出稼ぎで日本に住んでいる日系ペルー人は知っているが、亜国人とは珍しい。帰国して5年だと言い、スペイン語はまだ不自由だそうだ。

 あまりに暑かったので、冷房が効いている文化センターで一休みした。センター内には親近感のある顔をした従業員がたくさん働いていた。しかし、彼らの会話はもちろんスペイン語。ブラジルの日系人とはまた違う雰囲気が新鮮だった。

 センターの1階で着物姿で花を生けている女性がいたので、興味が湧き話しかけてみた。その女性は沖縄出身の両親の元に生まれた日系2世で、日本語は少ししか話せないと言った。沖縄系と聞き、昨年取材した亜国出身の歌手、大城バネサさんを思い出した。亜国は沖縄からの移民が多いと聞くし、庭園内にも首里城を模した建築物があった。

 「日本人?」と聞かれたので簡単に自己紹介をした。もう少し話をしたかったが、何かの準備で花を生けるのに忙しそうなので、邪魔をしないよう退散した。今回の滞在では、日系人との交流はここだけ。それが少し心残りである。時間があれば日系団体を訪れたかったのだが。

 日本庭園の後は、近くにあるラテンアメリカ美術館(MALBA)へ。ここは入場無料。その後、5年ぶりに会う友人2人と再会するため、待ち合わせ場所へと向かった。(つづく)

2017年1月31日付

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