ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(64)㊦ 杓田 美代子 顧問

ブラジルの未来を切り開く日系人経営者

ボランティア活動でも出色の活躍 コチア青年の心と魂がいまも輝きを増す

杓田洋蘭園 杓田美代子 顧問 ㊦

ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(64)㊦ 杓田美代子 顧問
杓田美代子

 前編と中編でも書いたように夫の正がコチア青年出身で洋蘭園経営に専念する一方、妻の美代子はコチア青年連絡協議会(1955年から12年間で2508名が日本からブラジルに農業移民した戦後最大の移住組織)副会長、ブラジル日本文化福祉協会・評議員、ブラジル・ニッポン移住者協会会長、ブラジル三重県人文化援護協会(通称はブラジル三重県人会)会計理事など、重要な立場と役割を担ってボランティア活動で汗を流している。後編は「ブラジルに移住して以来、何があってもブラジル以外には私の帰るところは無い、と固く心に誓って積極的に前に向かって進んできた」花嫁移民の原点をこう語る美代子にスポットを当ててみた。

 日本からブラジルへの戦後移住者では圧倒的な存在感を誇るコチア青年。そのDNAがいまも脈々と流れているブラジル杓田家だが、美代子自身も長年にわたり同協議会の中心的なメンバーの1人として活躍している。その1例がある。「2016年10月23日現在、コチア青年3世訪日研修団員が23名となり準備に大童です。昨日、最後の詰めの会合を持ちました。やはり、3世の子供達の顔を見ていると元気を貰えます」と語っていた美代子。昨年12月から今年1月にかけて日本を訪れた『第4回コチア青年3世訪日研修団』の副団長として、また同協議会の副会長としての率直な感想だった。この世代継承が、1世から2世へ、2世から3世へと、コチア青年イズムが、移民の国・ブラジルで立派に継承されている。昨年には同協議会の青年部組織も結成されている。コチア青年2世でもある飯星ワルテル連邦下院議員が会長を務める『コチア青年2世・3世の会』である。第1回目の開催は16年3月にコチア市役所議事堂で行なわれ、杓田の次女・ルシアナ真奈美も設立総会に参加した中心的なメンバーの1人。その目的について杓田は「コチア青年がブラジルに移住してきた意義、意識を子弟に継承したい。同時に、コチア青年連絡協議会の組織を、日本の皇室とも深い信頼関係を保って、現在なお、コチア青年3世の研修団に対して東宮御所にて皇太子殿下にご接見頂いている、このような団体はブラジルではコチア青年のみ、この素晴らしい会を将来にわたって継承していく為、青雲の志を持つ2、3、4世を育てたい」と会誕生の理由と目的を語っている。

 人生一直線の明治気質をもつ実直な女性である美代子だが、ブラジルとの出会いを紹介しよう。コチア青年の花嫁移民として移住した理由を聞くと「母子家庭で兄弟7人、貧困の中、長兄が結婚して、気が強かった自分と兄がいつもぶつかっていた頃、長姉が1959年にブラジルに花嫁移住して、62年には私の主人・正が長兄をパトロンとしてコチア青年で移住した。姉に子が授からなかったために正の嫁にと請われ、縁談がいくつかあったが自分の意に沿わない話ばかりだった。そこで郵便局勤務の安定した職場を捨てて花嫁移民としてブラジル行きを決断した」ことだった。だが移住に際しては「喧嘩ばかりしていた長兄は自分に力が無く、妹2人も遠いブラジルに送ることを嘆いた。明治生まれの母・チヨは自分の青春時代に「いつか自分もブラジルに行きたい」と言う強い夢を持っていたこともあり、美代子のブラジル移住を賛成し後押ししてくれた。

 移住するまでの生まれ育った故郷は、終戦後の貧しさからなかなか脱却できない貧しい農家ばかりで、「ただ、一つ、勉強で成績を上げればよい就職先が見つかる、と毎日、勉強し三重県松阪市中央郵便局への就職が決まった」という当時から負けず嫌いで無類の頑張り屋だった。生活信条は『努力』、自分の性格は『負けず嫌い』『我慢強い』『涙もろい』。人生で大切な言葉は『努力』『克己』『礼』、経営で大切な言葉は『責任』。こうした使命感に支えられた強靭な精神力は年代を超えたいまも変わらぬ輝きを放っている。

 その美代子は43年5月23日生まれで、父・音蔵、母・チヨとの間に7人兄弟の3女として生まれた。三重県一志郡白山町二本木(現在、津市嬉野町二本木)の出身。最終学歴は松坂商業高校で得意分野は計算で特にそろばんや計算機扱いが強かった。趣味は『仕事』『読書(新聞、資料)』。

 移住して良かったと思った幾つかの事柄は「ブラジルに着いて生活の場であるコチア市カウカイアの自宅の窓際で、チコチコと言う小さな小鳥が鳴いているのを聞いた時、あー……やっとブラジルに来た、と心から爽やかに感じた。長男がUSPを卒業した時に卒業祝いの式に参列した時。長女が結婚した時。次女が大学を卒業した時。胡蝶蘭の栽培は苦労続きで5年の歳月を経て花を咲かせられた時。5人の孫がそれぞれに生まれた時。コチア青年3世の日本研修で、団員、ご家族の喜ぶ顔を見て孫と同年代の団員が感謝の抱擁をしてくれた時」など、母親の愛情、仕事師、ボランティア人生、それぞれの喜びが幾重にも重なる。そこでブラジル杓田正家は正と美代子を両親にもつ杓田家の子供と孫を紹介しよう。

 長男・杓田マルセロ努(49歳)、嫁・杓田萩尾エウニセせつみ(48歳)、勉の長女・杓田萩尾アウドレイ姫弥華(13歳)、同次女・杓田萩尾アラナ愛華、同長男・杓田萩尾アベウ榛翔(3歳)。長女・白浜杓田セレステ直美(48歳)、婿・白浜レオ(44歳)、直美の長男、白浜杓田ガブリエル武志(20歳)、同長女・白浜杓田バルバラ明日華(18歳)。次女・杓田ルシアナ真奈美(44才)と12人で家族が構成され、誰もが羨むほどの強靭な家族愛の絆で結ばれている。

 ブラジルと日本に対する考えも聞いた。ブラジルの良さは「気候が素晴らしい、果物の宝庫、緑の宝庫」。ブラジル人の良さは「心情が優しい、日本人と体型が似ていて劣等感を感じない、特に日本人に対して信頼感や親近感を持ってくれている」。日系ブラジル人を誇りと思う時は「例えば、サンパウロ大学の入学率の良さ、犯罪者が少ない、働き者で信用が置ける、家族の形を大切にする」。母国・日本を誇りと思う時はどのような時か「社会全体が犯罪者に対して許さないという姿勢、大きな災害の時に発揮するボランティア精神、子弟に対する教育熱心、税金をごまかさない、他人に迷惑を掛けない。家を大切にする、先祖を大切に守っていく」。いまの日本に言いたいことは「自分の身は自分が守るという強い精神を養うこと、高齢化社会になって老人が与えられた環境に甘んじている、自分の体と健康に責任を持つことだ」。

 美代子の夫である正への感謝の言葉は「神様が私に与えてくれた素晴らしい人生の伴侶であり、経営に対する才能は誰にも引けを取らない。死ぬその時まで家族に夢を与え続けてくれる、と信じています」。

 取材の最後は美代子の言葉で結びたい。「コチア青年移民はいまでも、独自で人生を切り開き一国一城の主でやり抜いてきた。仲間意識が強く家族的な雰囲気が移住60年を経過しても持ち続けている。事業を大きく伸ばした人。人生を自分なりに納得し自信を持った生き様を続けている人。ブラジルの大地とともに開拓者精神がいまなお漲っているのがコチア青年だ」。(筆者=カンノエージェンシー代表 菅野英明)

2017年3月16日付

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