ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(10) 早田 愼一郎 会長

早田 愼一郎 会長

真の日本人の心意気を持ったサムライ経営者
海外日系人で初、外国為替取引業務を企業化
ハヤタ外国為替トレーディング
早田 愼一郎 会長

 いま同社の創業型2代目会長としてグループ傘下社を率いる早田慎一郎は12歳の時に親と共に千葉県から移住した準1世であるが、従来型の日系人を超えた新しい日本人像をここブラジルで築き上げている。同社はサンパウロ市内の旧金融街であったセントロに本社を置き1966年に業務を創設して以来、外国為替一筋に商売を行っており今年7月で48年目を迎える。

 会社経営の実務は2代目から3代目社長である孫の浩三(Luciano Hiromitsu※注Granja Saito一族の長女と結婚+ブラジル外国為替取扱専業協会の次期理事長候補として再選暫定) に移行しつつある中で、大人と言われた尊父の春雄が創業以来、親、子、そして孫へと親子三代にわたり、ここブラジルでブラジル文化と日本文化を調和させて、成長と進化をし続けるDNAを持つのがハヤタ外国為替トレーディング(Haytech Financial Holding Group)の最大の特徴だ。

 日系移民の歴史は今年で106年目に入るが、150万人の日系人が暮らしているブラジルで日系人が経営する外国為替業務の会社はハヤタ1社だけ。世界中を相手にオンリーワンの文化を貫いているハヤタは日本の銀行や商社、金融機関も顔負けするような独自性がある。

 ブラジルの会社は2代目で終わり、3代目にその事業経営が続くことは稀といわれている風潮がある中で、親子3代でかつ代が変わる度に新しい成長文化を導入して発展しているのがハヤタである。「日々新たなり」をモットーに、変化と変動の激しい世界経済の最前線で刻一刻と変わる為替相場で年を追うごとに事業を拡大発展させている。

 外国為替仲介業務でスタートした同社は、80年代から90年前半まで続いたハイパーインフレ時代はインフレ益も加味された全盛期で1万社を超える顧客が取引相手だった。迅速でかつ確実な手配で取引相手からは重宝がられ、その存在価値を十分に発揮した時代が続いた。

 それが94年のレアルプラン以降から経営環境が一変し、事業構造の抜本的な改革を余儀なくされた。従来型の商売に決別し、本業を世界が相手の外国為替の送金ビジネスと受け取り業務を核にした世界中の主要通貨を取り扱う為替業務に転換させ抜本的な会社の再生戦略を行った。

 安心で安全、確実かつ迅速な手配という、ハヤタ伝統の社風に支えられて、新たな事業構造の展開を加速させ送金ビジネスの外国為替業務に会社を変貌させた。

 その最大の立役者が2代目社長の愼一郎である。

 そのハヤタ外国為替のいまがどうなのか見てみよう。
・ブラジル金融業界の中での為替取り扱い規模は一般銀行も含めた235社の中で70位、外国為替専業同業社の中では10指に入る。
・ブラジル国内に15店舗を構え、将来的には更に5店舗の出店計画があり、合計20店舗体制でより強固で弾力性のある金融サービスの構築を目指している。
・社員数は120人で個人各自の業績評価システムを導入し社員は青天井の給与システムで中には社長の収入を超える社員もいる。
・海外業務提携先はロンドン、香港、モンテビデオ、サンディエゴ、パナマ、チューリッヒと他Western Unionネットワーク経由で120カ国、上海、ペルー、コロンビア、ポルトガル、スペインは将来を視野に計画準備進行中。

  その早田は経営者としての本質が身に着いている。62年に12歳で移住後、物心ついた少年時代から趣味は親が経営する外国為替だった。早田は持って生まれ た視野と持ち前の進取の気質、バイタリティー、生命力で、つまり着眼大局をバックボーンに新たな世界最先端を行く外国為替事業の金融ビジネスモデルを構築 し、それを3代目へとつなげる事業基盤を構築した。まさに創業型2代目社長であり外国為替の申し子的な経営者であり。それがハヤタグループの現在の発展と 成長に結びついている。同時にこの時期に日本人と日系人では初めてブラジル中央銀行公認で外国為替銀行業務取引きが可能な準銀行的性格をもつ許認可事業を 取得した。

 現在はFlexchange名称フラッグの下にカンピーナス、インダイアツーバ、リベイロン・プレット、ピラシカー バ、ソロカバ市内などサンパウロ州内とミナス・ジェライス州、ゴイアス州、サンタ・カタリーナ州、ペルナンブコ州を中心に業務の拡大とともに支店網も加速 している。「お客様への迅速でかつキメの細かいサービス」、まさにおもてなし文化をお客様サービスへの基本に据えている。金融保険や海外旅行者用クレジッ トカードなど金融周辺業務も並行して伸びている。ここブラジルを拠点にして日本人の新しいDNAを築きながら、確固とした会社理念と『我以外、皆我師』を 座右銘とする、創業型2代目の慧眼と実行力が同社のいまを築いている。金融投資及び経営コンサルタントしても知られる早田は業界の流れを素早い行動力で対 応し、常に最善の策と最適なシナリオで時代の最先端を生きている経営者である。

 早田には有名なエピソードがある。

  60年代末に外国為替トレーダー研修生でNYCに渡米(当時のソロモンブラザース証券会社)その時の知識と経験を生かし、ブラジルの奇跡といわれたブーム に先立ち20代前半に世界最大の自動車メーカーであったGMからの仕事を直接担当して、並みいる外国為替のプロをなぎ倒すようにブラジル中央銀行(70年 代前半は外資導入に対して中銀事前許可取得が必須条件)と丁々発止をやりあい、GMの大型投資案件をまとめ上げた成果で日系企業間でも評価され以後、対中 銀関係の仕事依頼と為替案件の取引が軒並びで異常に増えて一時的には業界中ナンバーワンの地位も確保、この実績で父である社長からも一目置かれるような存 在になっていた。同時にこの頃から生き馬の目を抜くような変化と変動の激しい為替の世界で、正確でいち早く最新の情報収集のために世界中を飛び歩くことが 日常になりそれが現在も続いている。

 早田は昨年11月の円安の話でこう語っている、「円は当分の間、105円を突破することはないでしょう」と自信を持って語っていたがまさにその通りの流れになっている。長年にわたり築き上げてきた早田人脈を核に築き上げた世界的ネットワークから出てきた一言である。

  この業界を知る者にとっては独立系の日系人業者が外国為替専業会社でここまでに至るのは至難の業といわれる。ユダヤ系やヨーロッパ系、米国系、アラブ系、 中国系などは地縁や血縁、または人種や民族、宗教、姓名などで世界的な知名度のネットワークを持ち、ブラジル市場に続々と参入している現実がある。彼らは 歴史的にも人的にも容易に参入できる状況と基盤体勢が揃っているが、日本人はモノ志向が強く金融サービスの人的な点では今でも世界の流れから残されている 現実がある。

 組織的大企業や個人の趣味でやる為替投資家は別として、商売として日本以外で外国為替をやっている日本人や日系人は極めて小数派である。

  しかも早田の様に海外移民した日本人がゼロからスタートして親子3代にわたりここまでこの商売を育てている例は聞いたことがない。この事はブラジルはもち ろん海外の日系人経営者にとっても大きな誇りでもあり、日本人以上に日本人の心意気と日本精神を持ったサムライ経営者である早田愼一郎がここブラジルにい る。 (敬称略、筆者=カンノエージェンシー代表・菅野英明)

2014年4月1日付

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