ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(17) 高木 アレシャンドレ ヒロシ 社長

 ここブラジルで日本の一般家庭で食べるのと同じように日本の伝統的な食卓用食品を提供しているのが高木食品(本社・スザノ市、サンパウロの郊外都市)だ。戦後移民の日系人が興した会社であり「たくあんの漬物」からこの商売が始まった。ブラジルには150万人の日系人が暮らしており、一般家庭では朝晩の食事を日本食で取る家族も多くその需要ニーズに応えている。同時に健康と美容に良い日本食がブラジル人の間でも普及しており、これに伴って同社商品の需要も着実に伸びている。

 「日本の伝統的な食卓用食品を、食の安心と安全を前提に製造・販売して、日系人とブラジル人の健康と美容に貢献すること」を理念にして1969年に会社が設立された。今ブラジル国内の高木ブランド商品の取扱小売店は2000店で、サンパウロにあるCEAGESP(サンパウロ州食料配給センター)の直営店(ここでの取扱高は50%に達している)から、北はアマゾンから南はリオ・グランデ・ド・スルまで全伯規模、さらにパラグアイにも販売網があり、全伯規模プラスワンの市場展開を行っている。高木ブランドの食品を食卓用で使っている顧客からは「おいしいから買っている」という声が圧倒的だ。商品ラインアップは漬物、豆腐、かまぼこが主力商品で、たくあん、ミリン漬け、酢漬け、ふくしん漬け、生姜漬け、ちょうせん漬け、らっきょう、コンニャク、瓜の味噌漬け、キュウリの粕漬、ガリ、生姜の酢漬け、ちくわ、かまぼこ、ごぼう巻き、豆腐5品目など計48品目の製造及び販売を行っており、ちくわとかまぼこは82年から、豆腐は90年から製造・販売を行っている。売上高の伸び率は2011年を100とすると13年は108で、売上高に占める地域販売別構成比率はサンパウロが80%と圧倒的に多い。創業以来、すべての食品は手造り感覚を大切にして製造され、味と味覚にこだわった食品を製造するのが高木食品で温もりのある伝統の味を守っている。69年当時の会社立ち上げ時には祖父で創業社長であった故政明と2代目社長であり現会長の政親との親子2人で高木食品の販売を担当し市場開拓と市場基盤構築に全力を挙げて取り組んだ。これが食卓用食品分野で競合する同業者の中で確固たる地位を築く契機になったのである。

 11年前から経営は3代目に移り、70年生まれのブラジル高木家の孫であり息子である高木アレシャンドレ・ヒロシが社長になり陣頭指揮で会社を経 営している。70年生まれの44歳だが、「人を大事にする」「人の話を聞く」など経営者としてのマインドはしっかりしており、3代目が商売を大きく発展さ せるという可能性を秘めている経営者だ。

 小さい時から苦労らしい苦労はしてこなかったが、親から教えられたことは「正直」「誠実」「責任」などの日本精神で、これを生かして「高木ブランドの社長としてお客様に喜ばれる良い食品を提供し続けることが私の使命と信じている」。

  高木はこう語る。「当社は商売を始めて45年だがここブラジルでは人口1%に満たない日系人市場では商売的には限界がある。今はブラジル人市場の開拓に一 生懸命に取り組んでいる」、続けて「安全・安心・清潔・健康・美容をキーワードにしてブラジル人が食べる食材で食品をつくり、ブラジル人の口に合う食品を 提供していくことがこれからの当社の使命と役割と信じている」と会社としての飯の種づくりにも熱心だ。その新商品開発の例として「魚の骨や皮、肉片などを 原料にした魚粉を造り食卓用として商品開発したい」、「今は飼育用動物のエサになっているオカラを人が食べられるような商品にしていきたい」などアイデア はたくさん持っている。会社の強さについて高木はこう語る、「わが社は従業員と心が通い合うファミリー経営がモットー、社員をより大切にした経営を推し進 めていきたい」。

 会長である政親は社長業をヒロシが33歳の時(2004年)に譲ったことに関してこう語る。「私も親父から若い 時に社長業を禅譲(ぜんじょう)された、その親父は空いた時間を利用して出身地である長崎県人会活動に参加し会長も務め、同時に日系コロニアの団体や会合 に積極的に参加してボランティア活動に打ち込んでいた。『ヒロシに経営を任せれば社長業を早く会得できるし、経営的には決断で困った時などは表に出て息子 の背中を押して助けることができる。基本的には口出しは必要な時にだけにする。そのほうが社長業にとっては大きなプラスになる。しかも日系人市場は横ばい でこれからはブラジル人市場の需要をいかに創出していけるか、そのためにはブラジル文化を熟知し3世でもあるヒロシがトップのほうが当社の将来にとっては 大きなプラスになると信じている』」。

 高木の父であり会長でもある政親も親父の政明を見習ってボランティア活動(スザノ日系社会 の実力者の一人)に積極的に参加している。最も多忙なのはスザノ日伯学園副理事長職で連日のように自宅と学園を行き来している。03~07年に第15代福 博村会長、スザノ・ロータリークラブ会長も3期(1999~2000年、05~06、08~09年)を務め同クラブでも活躍しており、さらに現汎スザノ文 化体育農事協会(ACEAS)監査役など、多忙な日々を過ごしている。政親は1950年長崎県島原で生まれ、57年の7歳の時に父政明がブラジル移住を決 意し家族で移民した。高木家はもともと長崎の造酒屋の家系でその酒の醸造技術に優れていた政明は、ここブラジルに来てからも自家製の日本酒を友人や知人に 振る舞って喜ばれた、というエピソードが残っている傑物の親父だったのだろう。

 親から子へ、子から孫へ、時代と共に生き時代変化 に対応し45年の社歴を築き上げてきた高木食品。日本の伝統的な食卓食品の商売だけで会社の社歴としてブラジルで100年企業を目指していけるのかどう か、取り組むべき課題は山積している。同社のこれからの将来はブラジル人気質とブラジル文化を熟知する3代目経営者である高木の双肩にかかってきた。こう した意味では本人も語っているようにブラジル人向けの新商品開発でこの市場にどう参入していくのか。今44歳の高木食品3代目である高木にかかる重圧は大 変大きいと思われるが、ここからがブラジル高木家の3代目経営者として本当の意味での実力が問われる時代にも入ってきたような気もする。その活躍を見守っ ていきたい。(敬称略、筆者=カンノエージェンシー代表・菅野英明)

2014年4月26日付

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