ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(2) 池崎 博文 社長

池崎博文社長

世界水準の商人道を貫きブラジルで日本人魂が全開
従業員5000人の頂点に立つ池崎商会
池崎 博文 社長

 筆者が池崎と初めてサンパウロの池崎商会本社で出会ったのは1987年で、当時はブラジルのハイパーインフレ時代でブラジルの国際世論からの評価は最悪の時期だった。同時に日伯関係も最悪の時代だった。その取材した当時に池崎はこう語っている。「インフレは敵にするのではなくインフレを味方にすればこれほどうま味があり儲かる商売はない」とその当時の商売の本質を語れる商人であった。本業は化粧品と美容院用美容機器販売の池崎商会(本社・サンパウロ)の創業社長で日系社会はもちろんサンパウロでも有名な日系人事業家として抜群の知名度を誇っている。

 池崎はリベルダーデ東洋人街の商店主団体であるリベルダーデ商工会会長を長年務めており、この東洋人街の実力者であり顔的存在だ。

 その商売人としての池崎は80年代の超インフレ時代に池崎商会を飛躍的に成長させて、なおかつ中国人や韓国人商人に負けない精力的に働く日常で彼らにも一目置かれている存在だ。

 34年3歳の時に熊本県から両親と共に移住して以来、徒手空拳から立ち上がり、苦労に苦労を重ねてその積み重ねで、わずかか一代で化粧品と美容院 用美容機器で従業員5000人を擁する会社を築き上げた。さらに欧米同業者も驚く耐久性の優れた美容院用ヘアードライヤーの商品を開発していまや世界32 カ国に輸出されており、一般消費者相手の独立系化粧品小売店でもブラジルを代表する一社に成長している。また同社が主催する年1回の全ブラジルの美容院を 対象にしたビューティフェアはイタリアの業者と肩を並べるほどの世界的なフェアとして有名だ。

 池崎の商売のやり方は汚いのではないか、と過去、日系コロニアから池崎を非難する声が上がっていたが、ここ数年来、その声はやんでいる。

  その池崎を象徴する出来事が池崎個人による昨年のニッケイパレスホテル(リベルダーデ区ガルボンブエノ街に立地し80年に日本の心を持った日系人経営のホ テルとして開業した)の買収だった。サンパウロに住む日系人及び日本人以外の事業家にほぼ95%渡りかけていた経営権を買い戻した。「リベルダーデのニッ ケイパレスホテルは日本人街といわれた時からのブラジル日系人の心の故郷であり日系コロニアの活動拠点、このホテルにはそれが集約されている。私は日系ブ ラジル人であり日系人だ、そして日本人と思っている、日系コロニアの心の故郷を持っているホテルだけにこのホテルを日系人や日本人以外の人には渡したくな かった。日系コロニア社会を守るためにこのホテルを買い取った」と損得抜きで買収をした理由をこう語る池崎。

 同ホテルの 周辺には文協、援協、県連という日系コロニア社会の中心的な3団体の本部が集中しており、会合の時にはよく利用されるホテルだ。日本からの出張者や観光客 はもちろん、ブラジル各地からのサンパウロに来る日系人の利用率も高い。ブラジル人も日本文化を発信するこのホテルをよく利用する。文協の幹部の一人は 「このホテルはコロニア社会にとって頼りになる拠り所になるホテルだ。日系コロニアも会合の時によく利用させてもらっている。何か応援できるところがあれ ば応援したいという気持ちは強く持っている」。これが日系コロニアの総意だろう。

 日本本国もこの池崎の本音は傾聴に値す る。筆者の持論でもある「日本政府や日本人に伝えたいことは、イタリア、ドイツ、スペイン、フランスなどがそうであるように日本も『日本人として血を分け た海外同胞は必ず母国に多大な恩恵と利益を持ってきてくれる』」、「海外同胞の3分の2に当たる150万人の日系人がここブラジルで暮らしている」、とい うことを肝に銘じてほしいものだ。いわば日本と日系コロニアを背負った感がある池崎がホテル再生にどう取り込んでいくのか、いけるのか、池崎の人生がかか る仕上げの仕事ともいわれている。日系人と日本人を挙げて全面的に応援したい。(敬称略)

リベルダーデの東洋人街と日系人

  ブラジル日系人にとっても日本からの商用客や観光客にとっても、ブラジルにある日本人の故郷といわれるのがサンパウロのリベルダーデ。その中心となってい る商店街がガルボンブエノ街で地下鉄リベルダーデ駅からブラジル日本文化福祉協会まで約500メートルある。かつてこの街の両側はずらっと日系人の商店や その看板、日本料理店、雑貨屋、土産店、食料品、本屋、魚屋、居酒屋、バーなどで埋め尽くされていた。まさに40年前の日本の商店街がそっくり再現されて いたのが60年代から90年代だった。この30年の期間はいま言われているリベルダーデの東洋人街ではなくて、「リベルダーデの日本人街」と呼ばれてお り、この街の商店主も大部分は日本からブラジルに移民した日系人で構成されていた。

 しかし94年に通貨レアルによる経済 改革でブラジルの超インフレが一挙に沈静化して経済は一挙に安定した。クレジットカードが安心して使える国になったのである。そして同時進行するように閉 鎖経済の時代が去り新たな資本市場の自由によってブラジルは一挙に世界経済の最前線に立つことになる。これは当然世界中から安い輸入品が入り商店経営も熾 烈な価格競争時代に突入したことでもある。リベルダーデもこの激流にさらされることになる。衣類、生活雑貨、日用品など従来型の商店経営を行っていた店は 外国からの安価な輸入品に押され倒産が続出し、同時に商店主の世代交代と後継者難による店舗の売却、80年代から続く日本への出稼ぎで日系人客が激減し、 次第に日本人街が消滅し中国人と韓国人商人が台頭し、90年代後半以降は東洋人街という名称が一般化して現在に至っている。いまリベルダーデ区の住人は 70%以上が中国人といわれ、ほぼそっくり日系人商店主と入れ替わったのが中国人商人だ。

 この町の商店の店名は日本名、店頭には日本製ではなく中国製の日本品の品々がずらっと各商店に並び、店主は中国人、売り子はブラジル人と日系人、商品は日本品、と何とも言いようのない商店構図になっている。

  世界中に覇権主義で進出する中国と経済的にピークアウトした日本という現在の国力と国の勢いがここリベルダーデでも反映されているといっていいだろう。筆 者は年に数回リベルダーデのホテルに泊まっているが、中国人住人の数が年毎に増えかつ中国系の幼児や赤ちゃんは驚くほどの数で増えている。ブラジル人から 見れば、日本人、韓国人、中国人は同じ東洋系なので民族の違いが判らなく、表面的にも中国人街になる可能性もある。

 ブラ ジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル都道府県県人会連合会(日本の47都道府県の県人会が全て揃っているがこれは世界中でブラジルだ け)とここリベルダーデには海外最大級規模の日系コロニアの3団体の本部があり、日本人街時代は日系人商店主が大多数だったリベルダーデ商工会(いまは非 日系人商店主が多数派)もある。

 ここで日系人の権益をどう守っていくのか、リベルダーデがこれからどう変貌していくのか、暫くは目が離せない時期が続きそうだ。(筆者=カンノエージェンシー代表菅野英明)

2014年3月12日付

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