ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(3) 矢野 敬崇 社長

矢野敬崇社長

ブラジルの梱包業界で初めて物流革命を行い
心が通い合う家族主義経営に徹する
サンウエイフレコン製造販売会社
矢野 敬崇 社長

 矢野はブラジルの商売(国内用及びコンテナ輸出用梱包袋の製造販売)で業界のオンリーワンでかつナンバーワンの製品を作った日系人経営者だが、コロニアを超えた世界規模で物事を考え行動する経営者でもある。

 1946年に大分県で生まれ13歳で家族と共にブラジルに移住した矢野には、自分の人生を自ら切り開いてきた強靭な精神力と実践自立の精神が宿っている。その原点は少年時代の体験である。明治時代に一般的な社会通念だった親孝行を第一に考えて、昼間は働き、夜は中学と高校で学ぶ、という日本繁栄の原点を築いた歴史の一端をそのまま矢野も体験した。その後、サンパウロ総合大学(USP)経済学部を卒業しビジネスの世界に入った。

 日本の繁栄を築き地球規模で物事を考える明治時代の経営者と共通する魂も持っており、いま日本に最も必要とされる胆力と慧眼という経営者の必要条件を矢野は持っている。

 いまのサンウエイ・フレコン製造販売会社(本社=サンパウロ市)は84年に矢野が仲間と共に設立した会社で、SANWEYは英語でSUNWAY、つまり太陽の道、と名付けたが、この言葉に矢野の夢とロマンが凝縮されている。

 この会社はブラジルのコンテナ輸出用梱包袋の問題を解決することを第一に、先駆的精神を取り入れたソリューション会社で知られ、ブラジル産業界の 一隅を照らし続け社会に必要とされる会社づくりを目的としている。従って受注の大部分はオーダーメードで業界でも品質本位のオンリーワンの会社として抜き んでた存在力と認知度を誇っている。同時にサンウエイ社が最大限に評価される点は、ブラジルのコンテナ輸出用梱包袋分野は従来型の前近代的な梱包袋が使わ れそれが主流で流通していたものを、技術力に磨きをかけて世界最高水準の強靭性、耐久性、軽量化、低コスト化した梱包袋の製品化に成功し、従来型の概念を 一変させた物流革命を行ったことだろう。

 その特徴的な例は同社の技術力と品質力を示すシンボル的な製品である2000キ ロの梱包袋や主力製品の1000キロの梱包袋などフレキシブコンテナと呼ばれるビッグバッグは、圧倒的な市場占有率と価格支配型の品質力で市場のプライス リーダーになっている。これを支えているのは特に1000キロの梱包袋で、世界トップレベルの技術力と品質力を持ち、これを背景にここ5年来は高付加価値 型製品の提供で取引先から極めて高い信頼を獲得している。

 同社の物流革命は2段階にわたる。最初の第1ステップの物流革 命で梱包する主な品目は農産物や素材などの砂糖、コーヒー、オレンジ、合金鉄など第一次産業分野が中心だった。続く第2ステップの物流革命は国内向けでは 従来の1袋当たり60キロしか梱包できなかった袋が1000キロ、2000キロ単位で梱包できるようになったこと。梱包の主な品目は国内向けでコーヒー 豆、砂糖、樹脂製品、化学品、金属加工品、食料品など、輸出向けでは、合金鉄、澱粉、金属品、化学製品、そして味の素などである。さらに危険物積載の梱包 袋も中南米では初めて製品開発した。

 これを証明するのが同社との取引先の会社である。取引先は400社でその主な会社 は、世界最大の鉱山会社であり鉱山資源開発のAnglo American、化学会社のデュポン(DU PONT)、穀物メジャーのアングロアメリカン(ANGLO AMERICANO)、遺伝子大豆など世界的な農業関連会社であるモンサント(MONSANTO)、世界的な鉱山金属会社である(CBMM)、世界的な農 業貿易会社(BUNGE)、穀物メジャーのカーギル(CARGIL)、日本の味の素(AJINOMOTO)、世界的な製鉄会社のクルップ(KRUPP)、 カフェ・ペレで知られるブラジルの代表的なコーヒー会社(CACIQUE CAFE)などの世界企業や、品質基準に極めて厳しい日本企業、例えば味の素など、その取引先がサンウエイの価値と信頼を盤石なものにしている。ちなみに 原料はポリプロピレン系の布でこれを使って梱包袋を生産している。

 会社は誰のものかの問いに対して矢野は「社会に必要と され続ける会社として何よりもブラジル産業界の役に立つこと、これがブラジルの役に立つことに繋がっていく。これがサンウエイという会社が誕生した理由 だ。この初心を忘れずに経営に邁進していきたい。同時に会社の30周年を契機にこれからの30年先を見据えた人づくりが私にとっての最大の経営課題でもあ る」。

 こう語る矢野は経営者としてかつて痛恨の失敗を経験している。95年から5年間にわたり能力至上主義の外部コンサ ルタントを社長に起用したことだった。その結果は会社の危機存亡が問われる裏目になり矢野自身も自殺を考えたほど人生の地獄を経験した。これを契機にアメ リカ型経営から人間性重視の経営に切り変えた。

 そこには経営者として生まれ変わった矢野の姿があった。生まれ変わった矢 野が悟ったのが会社は自分だけのものでないということだった。チームワークを第一にして矢野と社員の心が一体化するように、厳しい中にも和気あいあいとし た家族主義経営を一段と加速している。このために矢野は率先垂範で動いている。社員の終身雇用制の導入や家族参加の社員旅行など矢野と社員との間の心と心 が通い合う『ファミリア・サンウェイの企業文化』が確立しつつある。この矢野の考え方の転機(天機)で会社は上昇軌道に向かうことになった。

  国士でもある矢野は最後にこう語った。「世界で通用するビジネスマンを養成するのにはブラジルは最適な国だ。ブラジルは世界の自動車メーカーが28社も参 入しているように市場原理に基づく自由競争は世界でも最も過酷な市場の一つだ。ここで修練し研鑽して自身を磨き鍛え上げていく、間違いなく世界で通用する ビジネスマンになる。同時にブラジルは日系人のお蔭で国全体に親日家が多く社交術を身につけることができるチャンスも多い。こうした人づくりはブラジルが 日本人には最も適した国と信じている。日本はブラジルと共存共栄の道を構築していくべきだ」。(敬称略)(筆者=カンノエージェンシー代表菅野英明)

◆主なボランティア活動
・ブラジル大分県人会会長
・パンアメリカン日系人協会元会長で現ブラジル代表

2014年3月14日付

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