ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(6) 中谷アンセルモ 会長

中谷アンセルモ会長

会社をブラジルの業界でナンバーワンに育て上げた傑出の経営手腕
アリアンサ 
中谷アンセルモ会長

 中谷はブラジルにある日系5団体の一つであるアリアンサ(ブラジル社会に日本語と日本文化の普及拡大を目指す団体)会長、サンパウロやブラジルの各種団体顧問、日系各種団体の顧問や相談役などさまざまな公的肩書を持ち、特にブラジル人エグゼクティブ層との豊富で多彩な人脈は日系人の中でも抜きん出ている存在である。同時にけた外れの能力と才能を有し先見性に支えられたリーダーとしての器量と胆力を兼ね備えており、日系社会を支えている人徳あるリーダーの一人だ。今回は社長経験者としてブラジルにおける会社経営に不可欠な要素は何かのテーマで中谷の本音を聞いてみた。

中谷は1941年12月生まれの72歳、サンパウロから西へ600キロメートル離れたヘラクレス出身でサンパウロ総合大学(USP)工学部(博士号を取得)を卒業。大学卒業後、欧米系企業に勤めたのち、1977年に南米古河電工に入社、2000年に会長職を最後に退社した。

 この23年間在職した職場には中谷の深い思いが込められている、日系人ビジネスマンにとっても日本の会社にとってもブラジルでの社長業とは何かを考えるヒントになるに違いない。

 南米古河電工に1977年に入社した中谷は2カ月後に早くも事業部長、その後トントン拍子で出世して9年後の86年に45歳の若さで社長ポストに就いた。以後1996年までの11年間にわたり代表権を持つ社長職、1997年から2000年まで会長職に就いた。

 なぜ中谷が社長に選ばれたのか大きな理由は二つあった。一つは当時の日本本社専務の金井耕三は役員会でこう語った。「ブラジル社はブラジル人に経営を任せるべきだ。ブラジル事情を全く分からない日本のサラリーマンが経営を行っても役に立たないのがその理由だ。会社を潰してしまう」

 選ばれた理由のもう一つは「日本語が話せてしかも日本のビジネス文化を理解できるのは日系人社長が一番、彼らはブラジル文化も日本文化も理解できている」。

 こうして選ばれた中谷が社長を務めた1986年から94年のレアルプランまでブラジル経済は混沌の真っ只中にあった。毎年通貨の紙幣が変わりハイパーイ ンフレが常態化し1日に1回ケースにより3回値段を変えざるを得ない異常な経済状態が10年以上続いた、しかも外資規制と内資保護の閉鎖経済下にあったブ ラジルだった。

 社長就任早々の中谷は「当社を電線メーカーとしてブラジルでナンバーワンの会社にする」と全社員の前で決意を語った。特に古河が 強い光ケーブルやコンピュータに使用するケーブルなどの製品を前面に出して売りまくった。この間に日本から進出していた同業である住友電工や藤倉電線はブ ラジルからの撤退を余儀なくされている、社長ポストに人がいなかったのである。この同業他社を尻目に社長就任4年後の90年に中谷の言葉どおりナンバーワ ンの目標が実現した(以後、現在に至るまで業界ナンバーワンの座を不動なものにしている)。中谷の社長としての慧眼やブラジル人との豊富で多彩な人脈、そ して日本流のビジススタイルとブラジル流ビジネスをマッチングさせた中谷流経営が見事な結果を出した瞬間でもあった。

 中谷は経営の要諦をこう語 る、「まずブラジルでは頭のいい人材を集めること、続いて担当取締役には欧米会社並みの権限を与えて責任を任せること、組織をいかに最大限に活性化させる ことができるか。ここはブラジル、日本流ビジネスとブラジル流ビジネスを組み合わせ、決断と胆力も含めて経営価値をいかに最大化させるかが社長の仕事 だ」。

 同時に人材の育成にも積極的に取組んだ。「まず人間的によくなかったら人は育たない、そういう人選をするのも私の大きな仕事だった」、い わば社内の中谷学校づくりだった。一方で「社長というのは孤独な立場だ、すべての決断は自分自身で行わなければならない」と11年間勤めた社長業の本音も 語る。

 今年会社創立130周年を迎えている古河電工だが、日本本社や海外法人を含めた全古河グループの収益の約半分を稼いでいるのがブラジル社 といわれる。その原点になっているのが当時からの中谷学校で鍛えられた社員である。日本のビジネスシステムの様に社員が社員を育てていくという南米古河電 工の繁栄の構図をしっかりと構築したのが中谷だった。日系人社長だから、という駐在員からの苛めが一切なかったのも日本企業の持つ風土から考えれば珍し い。というよりも国際派ビジネスマンである中谷の桁外れの経営力量と実力に日本から来た社員が中谷についていくしかなかった、というのが事実だろう。

  その中谷はブラジル社在職23年間を通して「日本からの社員は日系人社員を使用人と思っている人もいるが、私の在職した当時のブラジル社には人間的に立派 な人が数多く日本から来ていた」。同時に日本の会社で働く日系人社員に向けては「日本人上司に間違いは間違いとはっきり言えることが大切だし、会社のため にと明確に言い切ること、間違いを正させること、毅然とした態度も望まれる」と体験談も披露した。

 取材の最後に中谷はこう提言した。「ブラジル は世界でも最も開かれた市場だが、同時に熾烈な競争により世界でも最も過酷な市場の一つだ、しかもブラジルコストもある。従って日本の会社風土や日本型年 功序列システムでブラジルに来ても勝負にならない。極端にいえば日本から来る駐在員は技術部門と財務関係者だけでよい、あとはすべてブラジル人に任せてブ ラジル社の経営を行う時代に入っている、こうした発想と手法があってもいいのではないか」と問いかけた。ブラジル社で代表権のある社長と会長を15年間務 め、しかも業界ナンバーワンの会社を築き上げた中谷が語る言葉だけに説得力がある。この言葉を真摯に傾聴して聞ける日本本社の役員がどの程度いるだろう か、疑問符は否めない。

 ここ数年来、日本からのブラジル投資は拡大活発化しており、ブラジル日本商工会議所会員数が過去最高の360社を超えた と会議所関係者は喜んでいるが、ブラジル投資の多くは本社担当役員レベルで決定されているといわれる。日本本社社長が自らブラジルの投資対象現場に足を運 んで投資決定をしたのは、最近ではクリチバ市への工場建設(投資額350億円)をした住友ゴム工業くらいといわれる。中谷の言葉は値千金の一言だろう。 (敬称略)

(筆者=カンノエージェンシー代表 菅野英明)

2014年3月20日付

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