ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(80) 屋比久・ウィルソン・富雄

ブラジルの未来を切り開く日系人経営者

家族愛が経営の原点、不動産開発事業で堅実な成長
  マリンガ市の経済社会発展に欠かせない人材の1人

Construtora Design社 社長

 屋比久は1952年生まれで5歳の時からマリンガで生活している生粋のマリンガ日系人である。昨年、マリンガ在住60周年、土木技師になって40周年、という記念すべき人生の節目を迎えた。創業以来、「イノベーション」「創造性」「起業家精神」を経営理念に掲げて、価値創造型の独自性ある経営を推進している経営者で知られる。いまマリンガの経営者の中でも、その見識や先見性で市の名士の1人になっている。

「15歳で建築デザインを手掛けるようになり、19歳で起業し、1975年に元恩師とともにエンジニアリング会社を開業」したという、持って生まれた経営者人生を歩んでいる。22歳の時からすでに学生社長を経験している。

 その屋比久が60年以上住んでいるマリンガ市は、パラナ州第3の都市で人口は約36万人。パラナ州の州都であるクリチバからは432キロ離れている。ここ数年来、経済の将来性が評価され人口は急激に拡大している。日本の加古川市とは友好都市の交流を行っており、加古川市国際交流協会によれば「マリンガ市は、ブラジル連邦共和国南部のパラナ州に属し、綿密な都市計画に基づいて建設された新興都市です。原生林をそのまま残した自然公園(インガ公園)を街の中心に配し、縦横に走る道路には、すべて街路樹が植えられ、街全体が緑にあふれています。農業を中心とした産業は、積極的な工業化政策により、近年大きく変貌を遂げようとしています。また、日系人が多いことでも知られ、政治、経済、文化等のあらゆる文化で日系人が活躍しています」と記されている。約1万5000人の日系人が住むここマリンガ地域は北パラナの中でも、190万人が暮らすブラジル全土の日系人の中でも、日本人の伝統的な精神文化を継承し、その持っている日本人気質はいまの日本人以上の日本人といわれている。

 こうした風土で成長した屋比久の事業は3社から形成されている。・「イノベーションと品質」で知られるConstrutora Design 社の創業社長 ・90年創業のエンジニアリングサービス社(略称:TKLM)は家族経営の資産管理と投資を行っている持株会社)の創業社長 ・マリンガで社会的弱者となっている子供のためのラールスクール理事長とこの3社の経営と運営を行っている。グループの中心的な会社はConstrutora Design 社。主な事業は官公需の建築受注と民間の商業ビル及びマンションの建築と分譲販売など不動産開発を行っている。業界では中堅規模クラスの会社であり、経営・技術・オペレーターなど社員数は165名に達する。

 ここ数年来、ブラジル経済の不況の影響を受けているが事業の部門別成長性(14年を100として計算)は、建築部門が2014年=100 15年=70 16年=50 17年予想=60、不動産部門が14年=100 15年=60 16年=60 17年予想=70、エンジ二アリング部門が14年=100 15年=70 16年=60 17年予想=80、子供のラールスクールが14年=100 15年=70 16年=70 17年予想=80。この数字を見る限り、ブラジル経済は底を脱して徐々に着実に事業が好転してきた兆しがうかがえる。

 この堅実性を第1にしている同社は、共同経営者が父のパウロと母のサヨコ。屋比久が経営全般担当を担当、妻が財務を管理。屋比久の次の後継者であり同社で働く息子の土木技術エンジニア兼売買部長を務める。名前はグスタボ ケンゾウ ヤビクだ。MBA取得後、クリチバやサンパウロ州など他社で培った実績を活かして、7年前から同社に勤務している。沖縄県系人の共通した特徴として『精神誠意』『努力』『勤勉』があるが、ブラジル屋比久家もウチナーンチュの精神文化をしっかり継承している。

 屋比久の歩んできた経歴と家族構成はこうだ。プレジデント・プルーデンシャルで、父・屋比久パウロ(サンパウロ州クァタ市出身)と屋比久・具志堅・サヨコ(沖縄県出身)の間に52年に生まれた。5歳の時から以来マリンガで暮らしている。最終学歴は77年にマリンガ州立大学土木工学部卒業した。趣味はサッカー、カラオケ、ゴルフと多彩。妻は良妻賢母の誉れが高い、屋比久・田中・レイコ。いま妻に贈る感謝の言葉は「レイコと結婚できてとても幸せ。賢く、強く、ダイナミックで、妻としても母としても愛情深い人です」。子供は3人。長女はシモン・チエミ・ヤビクで医療眼科医 。長男はグスタボ・ケンゾウ・ヤビクで土木技師。次女はマリアン・みどり・ヤビクで医療眼科医 、といずれも社会が、地域が必要としている職業に就いている。

 マリンガ市の公的ボランティア関係でも重要なポストについている。まず市行政関係では、市の長期ビジョンを推進する-MetropoleMaringaの取締役会会長、マリンガと影響力のある地域の経済、社会、環境開発の戦略的計画におけるCodemとAcimに代表される組織化された市民社会を含むプロジェクトで、同市発展を支える戦略的組織機関だ。ついで市の経済開発関係では、MaringaのAcim商業ビジネス協会の経済開発担当副社長でありコーディネーターを務める。さらに市の福祉事業の一翼を担うLar Escola da Crianca de Maringaでは、理事長兼学院長職を長年務めており、マリンガ地域の社会的弱者である約600人の子供、若者、青少年に奉仕する社会扶助団体を運営している。同学院の開業年月は1966年で52年目に入っている。

 また最近の主な受賞歴と日系社会での主な実績は、2017年のFIEPインダストリアルメリット勲章、シンドゥスコン2017賞。マリンガ文化スポーツ協会(ACEMA)での活動歴は、ACEMAの94年の汎アメリカ野球選手権の創設者であり、チャンピオンシップの結果として州内および地方自治体との資金援助による企業内道路および駐車場のアスファルト化を実現させ、ACEMA内フェスティバルで最初のコーディネーターとしても知られる。

 屋比久が小さい時に親から教えられたことは「家族がすべての原点、1にも2にも家族を最優先して大切にすること」といった後、「マリンガの日系人経営者に共通した気質は『真面目・正直技量』だ」と、こう語って取材を結んだ。(敬称略 カンノエージェンシー代表 菅野英明)

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