ブラジルの未来を切り開く日系人経営者(72) 生田 勇治

ブラジルの未来を切り開く日系人経営者

アマゾンの日系社会を支える名リーダー
ブラジルと日本の相互交流に絶大な尽力

汎アマゾニア日伯協会 生田 勇治 会長

ブラジルの未来を切り開く日系人経営(72) 生田 勇治
生田 勇治

 汎アマゾニア日伯協会会長(2009年―現在)、アマゾニア日伯援護協会監事長、ブラジル病院連合会理事、ブラジル病院施設・パラー州代表、パラー病院組合理事、パラー医師協会副会長、パラー州形成外科学会会長など、日系社会と病院という優れた経営感覚も求められる医学界のリーダーとして様々な公職を持ち、世のため人のために働き社会的使命感に支えられた生田は、今年1月に70歳の古希を迎えた。2年前の15年にアマゾニア日伯援護協会(09―11年の3年間は同協会会長)創立50周年を迎え同協会が運営しているアマゾニア病院(94―05年の11年間は同病院院長)。生田はここで同協会会長と病院長を長年務めている。現在のアマゾニア病院の概要は、ベッド数が一般病棟79床、集中治療室20床、診察科目は33科目にわたり、専門医と協力医合わせて70名、看護士・職員307名が病院運営を支えている。ベレン地域の中核を担う病院として日系・非日系を問わず地域医療に貢献している。救急外来は4床と6ソファーベッド、UTI(集中治療室)、MRI、心臓カテーテル診断装置など、最新の医療機器も取り揃えている。いまブラジルには約1万5000人の日系人医師がおり、うち60%が県費、国費などで日本に留学している。生田は73年にパラー連邦大学医学部卒業後、28歳の75年に文部省の国費留学生として大阪大医学部で研修し、その後、慶応大医学部に3か月単位で計3回、名古屋大医学部には丸2年間留学した。77年からの名古屋大学留学時代には妻で小児科医師のケージアもここで研修している。ブラジル日本人移住109年の歴史で日本の3大学に計5回とも国費留学し医療研修したのはたぶん生田だけだろう。この時の関係で慶応大医学部とはいまでも毎年人的交流を定期的に行っている。アメリカに次ぐ世界第2位の形成外科大国で形成外科の専門医師としての評価は、パラー州はもちろんブラジルを代表する権威者の1人として知られている。

 医師としてこのような高い評価を受けている伏線は、68年に同大学医学部に入学し、この年からアマゾニア日伯援護協会(60年創立)の留学生会館の寮で6年間生活してきた時からだった。アマゾニア病院が開業したのは65年。68年の学生時代から同協会が運営するアマゾニア病院で事務手伝いのアルバイトをし、こうした環境下で6年間にわたり高校生を対象にした夜間授業も毎日午後10時まで行っていた。アルバイトで生活費を稼ぐ苦学力行の医学生であった。このあと午前1時まで医学の勉強とまさに1日中、勉学とアルバイト漬けの日々だった。

 同時に14歳から18歳までは中学校でも高校でも特待生待遇で毎年学年トップ成績になっている。さらに高校卒業時には首席表彰されている。1学年200名構成で、卒業した同窓生には、パラー州統領、パラー州最高裁長官、連邦議員など多士済々の同窓仲間がいる。当時の高校生の中でも「生田は演説とポルトガル語は誰にも負けなかった」という。従って、パラー州と日本、ブラジルと日本を熟知するアミーゴ精神で、また日本の文化に精通した和の心で、2国間を結ぶには最適な人物の1人といえるだろう。さらに日本留学から帰国後、国際協力事業団が運営している地域住民への医療サービスを妻とともに行っている。いわゆるアマゾニア日伯援護協会が日系人の集団移住地を定期的に訪れる巡回医療である。訪れた地域では、各地の婦人会や子供が通う学校で、さらにベレンから南に250キロ離れたトメアスでも地元の教会を通して各地域で、予防や健康などの医療指導を行っている。住民が健康な日常生活を過ごすための手洗いやうがいなど予防医学知識がいかに大切かを多くの地域住民に教えてきた。同時に一般外科、内科、形成外科、小児科など診療はあらゆる診察科目に広がり、手に負えないような怪我をしている人などを含めて2年間で2700人の患者さんの治療や手術を行った。中には市から頼まれて死亡診断書の作成もしている。

 ここまで書いたように、日系社会のリーダーとして、パラー州を代表する医師とて、医療現場を熟知する医者として、全てにおいて人生の手本となるような生き方を貫いてきた生田の人生を回顧してみよう。

 本籍は東京・小岩だが、戦時中の疎開生活の影響で赤湯温泉がある山形県南陽市で47年1月に生まれた。スイカと西洋ナシの全国的な生産地として知られる地域だ。54年11月の7歳の時に移民船「ぶらじる丸・第2次渡航海」で日本を出港し55年1月29日にベレン港に着いた。両親と姉3人、妹、弟の8人家族でアマゾン川中流域にある、サンタレンから54キロ離れたフォードが作ったベルテーラのゴム栽培園に移住した。その後、ゴム園、ジュート栽培、米栽培などに取り組んだが運に全く恵まれなかった。日系人集団移住地でなかったために日本語学校がなく勉強もできなかった。この生活状況下で長姉のハマコと次姉の姉は隣同士だった岡田家の2人の息子と結婚した。

 その後、一家でアマゾン川中流域の中心都市であるサンタレンの町に移転してから、生田のそれまで秘められていた勉学才能が一挙に開花した。10歳になって始めてブラジルの学校に通うようになった。午前は3年生、午後は4年生の勉強。毎日通い僅か2年間で2学年飛び級の6年生卒の資格をとった神童だった。また「青少年時代に苦しいと思ったことは1度もない、明るく楽しく人生を過ごすこと、全てプラス思考で生きることが大切だ」。

 高校卒業後は迷わず医学部へ進んだ。医師への道を進んだのは、戦地で10年近く医療担当下士官であり柔道家だった父の「勇」と、学校の先生であり看護婦だった母「マサ」の影響を受けたからだった。父は終戦後に帰国し三井肥料の農薬関係の仕事に就いた。両親が医療に通じていたため、注射とか包帯、あるいは骨折とか脱臼治療など小さい時から医療が身近にあり、人を助けることができ社会に役立つことのできる医者こそ自分の人生と、14歳で医者になることを決断した。

 いま生田家の家族は5人で、75年に結婚した良妻賢母の誉れが高い夫人のケージア・マガリャンエス・生田は、日本型タイプの女性で安心感がある。「彼女の父に誕生会に招待されて初めて会った。以来、医学部の同窓であり68年からの出会いであり付き合いだ」。2人が出会って以来、来年は50周年の記念年になる。また39歳になった息子のユージ・マガリャンエス・イクタは、カンピーナス大学医学部で博士号を取得した後、現在、連邦大、州立大、2つの私立大の理事と、4つの大学医学部で「家庭学」と「成人病」を教えている。日本留学も、東大、東京医科歯科大、慶応大、名古屋大、と4つの大学で研修している。ユージの一人娘で生田の孫・アマンダは20歳になっている。

 仕事も、ボランティアも、家庭も、明るさが絶えず漂う生田のリーダー人生。そのリーダーの心構えを聞いてみた。「何に対しても決めたことは誰にも絶対負けたくない」、「どんなことをやるにしろ人を傷つけてまでして勝ちたくない」、「絶えず勉強するとともに経験を積み重ねることも非常に大切だ」、「周りから支えられ助けてもらって現在がある、感謝の気持ちを持つことが大切だ」、「リーダーはまとめる能力と決断がなければならない、リーダーとしての大前提」、「差別せず人間としてお互いに助け合って暮らす共生文化は大切だ」。

 いま全伯規模で課題になっている日系社会の次を担う3世、4世をどう育てていくのかについては「6世も誕生する時代になっているが日本の伝統的ないい文化を残し、これを継承していくとともに、ブラジル社会にもこの良き日本文化を発信していきたい。私の生活信条でもある、誠実・正直・時間厳守・信用・責任、など日本の良き伝統文化をここブラジルでも深めていきたい。同時に日系団体の会議などで決めたことは次の世代に繋がるような方向で話をまとめていきたい」という。北伯のキーワードは「環境維持と自然保護で、アマゾニア地域は環境を守る自然農法はその1例」という。

 日本生まれで7歳の時に家族でアマゾンに移住した準2世だが北伯日系社会を率いるにふさわしいリーダーだ。「移民を受け入れてくれたパラー州と日本政府の支援に感謝している」。続けて「これからもブラジルと日本という2つの民族の絆を強めるため、日本の文化をブラジルに、ブラジルの文化を日本へ広めていきたい」、というのが生田の持論だ。ブラジルのアミーゴ精神と勤勉、努力、信用という日本的な精神文化を基本にして、見識、経験、知識、統率力、指導力、交渉力、行動力、協和の精神などをバックボーンに、日系社会を守り日本文化の普及と拡大に尽力している。同時に汎アマゾニア日伯協会が主催する来年の「ブラジル日本移民110周年記念祭」と19年の「アマゾン日本人移民90周年記念祭」に向けて、その式典の態勢づくりと北伯の次世代リーダーの育成に全力を注ぐ日々が続いている。こうした生田のいままでの功績に対しブラジルと日本双方からの表彰も多い。パラー州名誉州民賞、ベレン市名誉市民賞、外務大臣表彰、国際協力事業団表彰、軍警チラデンス勲章、など、生田の人生を示す名誉ある賞が多い。最後に日本へのメッセージを聞くと「日本政府として靖国神社への対応が毅然とせず誠に残念に思っている」と結んだ。(筆者 カンノエージェンシー代表 菅野英明)

2017年5月16日付

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