ブラジル最初の邦人殖民地③ 爽快なボートで桂植民地跡へ

ブラジル最初の邦人殖民地③ 爽快なボートで桂植民地跡へ
早朝から出ていく釣り客を見送る吉見ワグネルさん(左端)
ブラジル最初の邦人殖民地③ 爽快なボートで桂植民地跡へ
清原さん(左)、吉見イゾさんと一緒に桂植民地跡へ向かう

 翌2月11日、まだ薄暗い早朝ながら、賑やかな声で目覚めた。部屋を出て辺りを見渡すと、釣り客たちがボートに荷物を積む作業を行っており、主(あるじ)の吉見ワグネルさん(45、4世)が中心となって保管していたボートを民宿前のリベイラ川に移動させるなど仕事をしていた。

 朝焼けで辺りが次第に明るくなり始めると、目の前を流れるリベイラ川で地元の漁師が網を引いている姿がシルエットになって見えた。小鳥の鳴き声が聞こえ、自然の中にいることを実感する。

 仕事中のワグネルさんと目が合うと、父親の吉見イゾさん(71、3世)が来ていることを知らされた。

 清原健児さん(71、2世)とともにイゾさんに会うことに。2人は以前からの釣り仲間であるとし、清原さんがイゾさんから「一度、桂植民地の現在の様子を見に来てほしい」と言われていたという。イゾさんは現在、民宿の仕事を息子のワグネルさんに任せ、日々「釣り三昧」のアポゼンダドリア(年金生活者)の暮らしを楽しんでいるというから、羨ましい限りだ。

 サンパウロ(聖)州ペドロ・デ・トレドで生まれたイゾさんは、1970年までサントスに住んだ後、71年から96年まで聖市パウリスタ大通りにあったペトロブラスの事務所で化学薬品関係の技師として働き、「当時はグラバッタ(ネクタイ)を締めて仕事をしていた」と笑った。2002年からイグアペに移り住み、現在はワグネルさんの民宿からリベイラ川沿いに約400メートルほど下流の場所にブラジル人の夫人と一緒に住んでいるという。

 イゾさんの祖父母は、愛知県出身のウラグチ・ゲンシロウさんとウラグチ・トメさんと言い、1913年11月に桂植民地に第1陣として入植した36家族のうちの1家族だ。母親のハツエさん(故人)は桂植民地があったジポブラで生まれ、16歳の時まで同地で祖父母らとともに住んでいたそうだ。

 午前8時半、ワグネルさんの民宿をイゾさんの小型ボート(長さ約5メートル)で出発。ワグネルさんのところで働く性格の明るいブラジル人が、慣れた手つきで操舵してくれる。リベイラ川を約20キロ離れている上流のジポブラまで遡(さかのぼ)って行く。

 朝から強い日差しが照りつけるが、快速で進むボートで受ける風が心地良い。川の両岸には所々、原生林があり、まだ手付かずの自然が残っているという。沿岸付近では、地元の漁師たちが水に浸かって網を引いており、イゾさんに聞くとマンジューバ等を獲っているのだと教えてくれた。

 約40分ほどすると、リベイラ川の沿岸に廃墟のような建物の一部が見えてきた。(つづく、松本浩治記者)

2017年3月14日付

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