プロジェクト「足跡」 渡伯した23万人の記録を整理

プロジェクト「足跡」 渡伯した23万人の記録を整理
資料を見せながら語る島袋さん

戦前・戦後の乗船名簿を基に

 2008年の移民100周年を見据えた05年、島袋レダさん(67、3世)の発案で、移住者の名前を記録するプロジェクト「足跡」が始まった。計126人のボランティアの協力を得て、戦前、戦後に渡伯した人の名前を乗船者名簿を基に、船内で生まれた人や、亡くなった人の数をつぶさに拾い、国策移住全体の94%に及ぶ22万8000人の名前を項目分けして記録している

 「移民に感謝して、何かがしたいという思いだった」と語る島袋さんは、05年に文協の上原幸啓会長(当時)に相談し、18人のボランティアを集めて何をすべきか模索したという。移住した1世の名前が分かるリストを探した時に、どこにも存在しないことを知り、移住者の名前をリストにすることを目標に始まった。

 島袋さんが移民史料館に尋ねると、「乗船者名簿がある」と言われ、和紙に日本語で書かれ戦前に331回渡航した移民船の名簿約4万6000枚が、崩れかかった状態で倉庫に置かれていたそうだ。

 06年、126人のボランティアの手で、書類の束から戦前移住者約18万8000人の名前をローマ字に置き換え、戦後に船、飛行機で渡伯した移住者約5万5000人のうち、4万人近くもローマ字に置き換えたが、残りの1万5000人余りの記録が見つからず、総領事館にも無かったという。

 戦前、戦後の記録を調査し、まとめた冊子では、日本出航者、船内誕生者、船内死者、伯国到着者、再渡航者の大きく5項目にまとめられている。同調査で、戦前331回の渡航(6回は記録なし)で648人が船内で亡くなったことが分かっており、船内で死者が出た際は、遺体を海に葬り、周りを3回旋回して弔ったそうだ。

 5月24日に行われた県連代表者会議の場で、島袋さんは「船で亡くなった人の過去帳を作って慰霊碑に納めたいが、出身地が分からない人が多い」と調査の難航を伝えた。

 県連の山田康夫会長は「素晴らしい調査。分かり次第、慰霊碑に納めたい」と同会議で投げかけ、完成次第、イビラプエラ公園内の慰霊碑に納めることが承認された。

 さらに、島袋さんは「整理した全体のリストも納めたいが、生きている人の名前も多く記載されているため、まだ納められない」と事情を語り、資料の最終精査に費やす資金が不足している状況もあり、「時間もお金もかかるけど、サポーターがいれば完成させられる」と支援団体を探している。

2018年6月5日付

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