プロミッソン2団体統合へ想いは1つ 入植100周年機に50年ぶりの実現を

プロミッソン2団体統合へ想いは1つ 入植100周年機に50年ぶりの実現を
入植50周年祭の様子(中里さん提供写真)

体育協会会長「それが今回の目的」

プロミッソン2団体統合へ想いは1つ 入植100周年機に50年ぶりの実現を
故上塚周平翁之頌徳碑

 入植100周年を迎えるサンパウロ(聖)州プロミッソン市は、1968年の入植50周年の節目の年を境に、同地コロニアが二分されたままとなっている。現在までプロミッソン日伯体育協会(岡地建宣会長)、プロミッソン日系文化運動連盟(吉田正広会長)が、それぞれの活動を行う状態が続いてきた。同地では、今年の周年祭を契機に、50年ぶりとなる統合に向けての動きが活発化している。当時の歴史を振り返り、両協会会長、同地コロニアを見つめてきた人たちに、統合に向けた想いを聞いた。

 1968年、入植50周年記念行事に向けて、同地コロニアの空気が変わっていく。同周年記念事業に関して、汎プロミッソン日本人会(現・日系文化運動連盟)側と青年連盟(現・日伯体育協会)側との間で意見が対立し、青年連盟側が植民地開拓50周年祭典委員会を結成。同委員会と青年連盟によって建立されたのが、上塚公園内にある「故上塚周平翁之頌徳碑」になる。一方で、運動連盟側は、同市の公園に時計塔を建立して記念事業とした。2つの団体が行った異なる記念事業の形骸が、現在も街の片隅、同地居住者の心の中に佇んでいる。

 さらに、団体を超えて、同地二分の決定打となる出来事が起こっていた。上塚氏の友人である菊池恵次郎氏から、上塚氏の「事務所(旧家)」の土地管理を任されていた「上塚氏の右腕」とされる間崎三三一(まざき・ささいち)氏が、日本に行き、菊池氏から委任をもらってきた末に、土地(現・上塚公園と付近の川との間)をブラジル人に売却。加えて、間崎氏が上塚公園内の「開拓十周年記念塔」を、プロミッソンの街中に移設する話を持ち出したことを決め手に、同地は二分した。

 その背景では、戦後の勝ち負け抗争で思想が分かれたことが強く影響していたとされる。

 2008年のブラジル日本移民100周年時には、統一を目指して同周年委員会を立ち上げたものの、世代間の軋轢(あつれき)や運営面で意見が一致しなかったことで、実現しなかった。

 そして昨年7月に結成された入植100周年祭・実行委員会(前田ファビオ実行委員長)に両協会から7人ずつを選出した布陣を取り、再統合への動きを強めている。

 体育協会の岡地会長(78、3世)は「2団体を早く統合させたい。それが今回の目的だから」と語り、運動連盟の吉田会長(45、3世)も「1つの団体にするために頑張っているところ。(式典で披露する)盆踊りの練習も一緒にやっている」と統一に向けて歩調を合わせる。

 体育協会前会長の森久昭治さん(91、広島)は「自分が会長の時にも話は出ていたが、実現しなかった。早く1つにしたい」と想いを語る。当時を良く知る中里晃三さん(78、長崎)は「1つの団体になる方がもちろん良い。そのために良く考えて動いてほしい」と現在の指導者らに知恵を授ける。

 現状、異を唱えている人はほんの数人。安永和教さん(71、3世)も「現在は対立しているわけではなく、団体が2つあるだけ」と状況を見つめ、父の忠邦さん(97、2世)は、自身の夢を「プロミッソンの2つの協会が1つになること」と語っていた。

 また、統合に向けて同地では、入植100周年祭(前田ファビオ実行委員長)後に、毎年8月末に行われる「第69回祝賀家族慰安大運動会」を同祭実行委員会で主催しようという意見も出ており、統一に向けた足並みが揃ってきた。

2018年6月13日付

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