ボーダー越える生き方目標に フォトジャーナリストの渋谷敦志さん

ボーダー越える生き方目標に フォトジャーナリストの渋谷敦志さん

活動の原点であるブラジルに思い寄せ

ボーダー越える生き方目標に フォトジャーナリストの渋谷敦志さん
昨年発刊した写真集『回帰するブラジル』を手にする渋谷さん

 「死ぬまでにもう1回、ブラジルに住んでみたい」――。こう語るのは、フォトジャーナリストとして紛争地など世界各地を渡り歩き、大学時代の1996年から1年間、日伯交流協会研修生としてブラジルに滞在した経験を持つ渋谷敦志さん(42、大阪)だ。大学卒業後にフォトジャーナリストとしての活動を始め、アフリカ、パレスチナ、アジア諸国のほか、ブラジルにも何度も足を運んでいる。現在の欧米諸国が、移民や難民を排除する傾向にある中で渋谷さんは、「ボーダー(国境)を越える生き方を目標に、活動していきたい」と強調する。

 2年ぶりとなる今回の来伯では、アマゾン地域などでの自身の撮影取材と、渋谷さんの活動を追う日本のテレビ局の取材を受けるため、7月中旬から3週間にわたって滞在した。

 今回の取材活動で最初に足を運んだのが、アマゾナス州北西部に位置し、コロンビア、ベネズエラとの国境にもほど近いサンガブリエル・ダ・カショエイラ。アマゾン地域で本格的に撮影するのは2012年、15年に続いて3回目で、「ブラジルの僻地と言える場所。サンパウロやリオに居ては出会えない味のあるおじさんや、先住民も移民も関係なく生きている人たちと会って、撮影するのが面白い」と渋谷さんは話す。また、アマゾナス州パリンチンス近郊のビラ・アマゾニアも訪問し、偶然、町に出てきていた日系女性にも遭遇している。

 渋谷さんはこれまでのフォトジャーナリストとしての活動の中で、『希望のダンス』『ファインダー越しの3.11』などの写真集を精力的に発表しており、昨年はブラジルに初めて足を踏み入れてから20周年を記念して、研修生当時から撮影してきた作品などを収録した『回帰するブラジル』を発刊。今回の来伯は、撮影した人々や協力してもらった人に同写真集を手渡すことも大きな目的で、「お世話になった人たちへの中間報告的な意味合いも強い」という。

 「(96年当時から)写真家になるためにブラジルに来たが、ブラジルは(自身の考えが)迷った時に帰る場所で、旅人として新鮮な視点に帰ることができる」と渋谷さん。大学を卒業後すぐにフォトジャーナリストとして活動し、アフリカなど世界の紛争地を訪れて悲惨な現状を目の当たりにする中で、「(気持ちが)揺らいだ時期もあった」そうだ。そうした時に、同氏のフォトジャーナリストの原点として、ブラジルに住む日系人に会いたいと2002年にブラジルでの撮影を再開。パラー州トメアスーやバイア州ジュアゼイロで活動する日系人などを取材したが、その一方で物足りなさも感じ、日系人に限らずブラジルそのものに改めて関心を示すようになった。

 今回の来伯では前述のアマゾン地域をはじめ、リオ、ブラジリア、サンパウロも訪問し、これまでに何度となく訪れている聖州第1アリアンサ管内の弓場農場でも数日を過ごした。

 渋谷さんは、現在の米国や欧州などで政治的に移民を排除したり、人と人を切り離す政策を行っていることに対して「すごく嫌な気持ち」と語り、自身のポリシー(方針)として「(移民を排除するなどの)壁があるなら壊す。ボーダーを越える生き方を目標にしたい」と強調する。

 その意味で、「決して良いところだけではないが、(多民族を受け入れている)古くて新しい価値のあるブラジルに光を当てたい。ブラジルだから、良いというところがある」と、自身の原点として惹かれる伯国の魅力を語る。

 また、現在の日本について渋谷さんは「日本もこれから、どんどんと世界と交わっていかなければならない。『国際』ではなく『民際(みんさい)』として、国と国ではなく、人と人の交わりが大切。世界的なスタンダード(標準)を目指すのではなく、日本にしかできない、独自の進化をすれば面白い」と述べ、笑顔を見せた。

 なお、渋谷さんの写真集などの詳細は同氏のホームページ(http://www.shibuyaatsushi.com/)の「Shop」欄を参照のこと。

2017年8月18日付

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