マリアルバ入植80周年式典 高い日本語レベルを維持

マリアルバ入植80周年式典 高い日本語レベルを維持
ケーキカットを行う来賓ら

先駆者の意志を引き継ぎ次世代へ

マリアルバ入植80周年式典 高い日本語レベルを維持
会場には多くの人が集まった

 マリアルバ文化体育協会(安中錠二会長)主催の「マリアルバ入植80周年記念式典」が、6日午前9時45分からパラナ州マリアルバ市の同協会会館で行われた。日本人、日系人らは1937年に同地に入植して以来、カフェ栽培に従事。また、日本語教育にも力を注いできた。当日は同植民地出身の西森ルイス連邦下議が出席し、「高い日本語レベルを維持するマリアルバ出身だということを誇りに思う」と思いを述べた。安中会長は「勤労な日本人の姿勢を継承し、新たな世代につないでいかなければならない」と今後のさらなる発展を誓った。

 式典の初めに、マリアルバ初期移民家族の出身地の説明や写真映像が会場スクリーンに映し出された。同地への入植は1937年に横田倉松氏、宮本氏等らの7家族により開始され、原生林を切り開いて植民地が造られた。多くの入植者はカフェ栽培に従事。40年に日本人会が発足した後、47年に同協会へと発展。現在は180家族が会員として所属し、各行事を行っている。

 開会のあいさつに立った安中会長は、在クリチバ日本国総領事館の木村元総領事、西森下議、同市のビトール・マルチーニ市長、リカルド・ベンドラメ市議会議長ら来賓の出席に感謝し、併せて家族親類、協会関係者らにも礼を述べた。続けて、「今日ここに入植80周年を迎え、過去80年の間に多くの発展を遂げてきたことを誇りに思います」と述べ、入植初期移民らの名前を挙げながら、「夢と希望を抱いて入植した先人らの努力は結果としてすぐに収穫に表れ、当地がより良い生活を送れる場所だということが証明された」と植民地の歴史を読み上げた。「そのたゆまぬ働きぶりは、日本にルーツを持つ日系人の誇りとなっている。先駆者の意志を継承し、次の世代につなげてマリアルバの日系社会をさらに発展させていきたい」と今後の飛躍を誓った。

 同地では入植以来、日本語学校が運営され、日本語教育の伝統が脈々と受け継がれている。同地出身の西森下議は「マリアルバの日本語レベルは非常に高い。ここで生まれ育ったことを誇りに思う」とあいさつした。

 各来賓あいさつの後、安中会長と木村総領事に市議会から記念プレートと感謝状が贈られ、同協会からも木村総領事、ビトール市長ら3人に記念プレートが贈られた。高齢者表彰とケーキカットに続き、乾杯、懇親会となった。懇親会後は同協会及び近隣日系団体によるアトラクションが夜まで行われ、記念の一日を盛大に祝った。

 同協会顧問の橋本久人さんはサンパウロ州リンスで生まれ、40年に家族と共に同地に入植した。当時は電気も車もなく、不便な生活だったが「カフェの植え付けなど人並みの苦労はした。しかし、今となっては若い頃の記憶として懐かしく思う」と入植初期を振り返った。また、「ヨーロッパ人は植民地を造ると高台に教会を建てたが、日本人は日本人会と日本語学校を作り、子弟教育に取り組んだ」と話し、「JICAからも日本語教師を派遣してもらい、充実した学校運営ができていることは本当に心強い」と同地の住人らしい思いを述べた。

 51年に同地に入植した坂田義彦さん(96、熊本)は「あの頃は雑木林ばかりで、アスファルトもなく、雨が降ると道がぐちゃぐちゃ。晴れてても砂埃が舞ってすごかった」と当時の街の様子を語った。節目の年を迎えたことには「80年経っても自分は変わらない。まぁ、何てことないよ」と豪快に笑った。

2017年8月19日付

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