【移民104周年】ミカド運動倶楽部②

ニッポン・ブルージェイズの少年野球チーム

日本移民とクラブ

しかし、日本移民は当初、他国の移民と比較すれば、スポーツを中心とした総合型スポーツクラブの設立にさほど力を注いでこなかったようだ。いくつかの理由が考えられるが、最も大きなものとしては、日本の社会では明治以降、運動(スポーツ)は心身の発育を促すものとして学校が管轄して行うものであり、地域に住む人が会費を出し合い、施設を保持し、運営するという概念がなかったためだろう。その代わりに、多くの日本移民は日本人会など、地域を統括する組織の傘下でスポーツをしていた。今でもオザスコをはじめ、各地の文協の傘下で様々な種類のスポーツが行われている地域も多い。

また、芸能やスポーツは娯楽に位置するものととらえられており、地位向上と子弟の教育を最優先事項として邁進(まいしん)してきた日本移民にとっては、スポーツを主体とした会を作ることはあっても同好会の域を出なかったと思われる。加えて、柔道の道場など単独のクラブや施設は設立されたが、日本と同じで「道」を求める者が自らを修練する場所であり、柔道以外のスポーツを行う人間が道場へ通うことはなく(道場内でフットサルなどが遊びで行われていたが)、不特定多数の人間が集い、交流を深めるというサロン的な側面は持ち合わせていなかったようだ。

これからの日系クラブ

一方、日系社会の外では、1900年前後に総合型スポーツクラブが次々と産声をあげ始め、フラメンゴが1895年、ボタフォゴは1904年、コリンチャンスは10年、サントスは12年、ポルトゲーザは20年、サンパウロは35年に誕生している。

現在、パルメイラスの会員は約4万件(家族会員制度)で、同クラブでは23種目のスポーツを楽しめ、そのうち17種目がオリンピック正式競技だ。クラブ内では空手やテコンドーなどの格闘技のほか、手芸やイタリア語講座など文化的なものも数多く実施されている。

現在では日系人によって創立、運営されているスポーツ・クラブが各地にあるが、その特徴は、サッカーを主にするものではなく、野球や柔道など日本伝来のスポーツと呼べるものを中心において活動していることだ。ただ、近年では、陸上、体操、卓球やテニスなど多様化が進んでいる。

主な日系クラブを挙げると、アニャンゲイラ日系クラブ、イピランガ日系クラブ、コチア・スポーツ・ クラブ、日本ブルージェイズ、ニッケイ・クリチバ、金星クラブ、イタケーラ日系クラブなどがあり、この中には文協や日本人会とうまく住み分けを行っている金星クラブや、日系人以外に門戸を開き、収入の確保と参加者の増加という意味でクラブ化に成功している文協もある。

南米に話を広げると、日本カントリークラブとペルー・リマ市の日系クラブ「アエルー」が中心となり、90年代半ばに、南米日系クラブ・協会連合(ウニシ ン)を組織した。アエルーは1万人近い会員を誇り、各種スポーツ、文化活動、金融会社まで経営している巨大組織。敷地内部には会館のほか、野球場、サッ カー陸上競技場、体育館、50メートルプールなどの設備のほか、診療室や食堂もある。日系クラブらしく、年間スケジュールには運動会などの催しも組まれて いる。

運動種目が多様化し、日系人の比率が減少すれば、必然的に他のスポーツクラブと競合するため、今後、日系のクラブは何かしらのクラブの特色を持つことが 経営の上でも必要となる。また、各地の文協や日系団体は日本語が話せない3世、4世が増えてくると、クラブ化するほか収入の道が閉ざされてしまう可能性が 高い。

笹原はミカドを設立した際に、現在の日系団体の現状について予想していたわけではないだろうが、これから先、次々と各地の日系団体が総合スポーツクラブに変わっていくことも考えられる。そうなった時に、笹原とミカドの功績について再評価が行われるのではないだろうか。

2012年6月23日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password