モザイク 2017年8月11日付

 ポルト・アレグレ市の合同慰霊祭に参加した徳弘牧師。礼拝中の説教では、先日休暇で、ある教会関係者の故郷の熱帯アマゾン地方を訪れた話をしていた。その際、「星が綺麗です」と徳弘牧師がその関係者に連絡すると、「星を一つお土産に持って帰ってください」とお願いされたという。どうしようかと思案した末に、星は星でも当地のホシエビを買っていった話を披露。失礼ながら、これがなんとも朝から厳粛な面持ちの合同慰霊祭参加者の老人方にはピクリともウケず、スベっていた。逆にその「シーンとした感じ」が不届き者の記者にはツボに入ってしまい、笑いを堪えるのに必死だった。徳弘牧師は、ユーモアを交えた説教について、「いつもの感じです」と微笑んでいた。親しみやすい印象の人で、ホッとした記者であった。
     


 今年も、来週には日米戦争が終結した8月15日がやってくるが、あの戦争にまつわる体験話を2つ。日本人の友人の1人がドイツ系アメリカ人女性と結婚しているのだが、その婚約時に女性の祖母が結婚に反対した。理由は祖母の弟が沖縄戦で戦死していて、弟は日本人に殺されたという思いからだった。その後、女性家族の説得もあって友人の結婚は許され、今は幸福な結婚生活を送っている。あの戦争、戦勝国のアメリカにも日本と同じ数の戦死者がいて不思議はないと反対側からの視線を知る。
     


 その2。先月、取材で訪問したサンパウロ州内陸部の町でお世話になった日系2世氏(81)の父親は、広島市出身。昭和初期にブラジル移住し、農業で成功を収めた結果、財産を整理して日本に帰ろうと考え、まず昭和16年(1941年)1月に父親だけが日本の様子を見に行ったが、もう少しブラジルで稼いでからにしようと家族での帰国を延期する判断をしてブラジルに帰って来た。後は周知の通り、同年12月に開戦。昭和20年(1945年)8月には広島市へ原爆が投下された。あの時に父親が別の判断をしていたら、今の自分は存在していなかっただろうと2世氏は語っていた。

2017年8月11日付

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