モザイク 2017年9月7日付

 先日、ある県人会長から「高齢の執行部ばかりでは、県人会活動が上手くいくわけがない」という話を聞いた。いわく、何十年も執行部を務める高齢役員ばかりではマンネリ化し、新しいことは生まれない。うるさいことを言わず、若い人も執行部に取り入れていかなければならないという。同様の意見は取材中、若い県人会員からも多く聞かれる。また「会長は何期も続けるべきではなく、長くても3期くらいが望ましい」とも。それには、後任の人材がいなければならないという問題もあるのだが。活動が盛んな県人会と、そうではない県人会の違いは何だろうか。某団体の会長は「高齢役員が集まって、酒を飲んで酔っ払ってるだけの県人会には若い人が集まるわけもないし、ろくな活動もできない」とばっさり切り捨てた。
     


 しかし、闇雲に若者を取り入れれば良いという考えに、疑問を持つ人も多い。若者が多くなれば、県人会は盛り上がるかもしれないが、ただのクラブ活動のようになり、県人会の意義を失う可能性もある。また、県人会活動では母県とのやり取りが重要。熱心に活動している若い会員の中でも、母県とのつながりの重要性が分かっている者は少ない。今後を担う人材には、ある程度の日本語能力は必須であり、また、母県の重要さを説くことも必要だろう。県人会の維持には課題が山積みだが、頑張っている会長も多いだけに、早急に県連から何か打開策が示されることを期待している。
     


 ブラジル日系文学誌56号に掲載されている坂田武則さんの「本邦見聞録」中のその1を読んで、「本当に今の日本は生きづらいのだな」とつくづく感じた。詳しい内容は同誌で読んでもらいたいが、重箱の隅を突くように人の粗(あら)を探し、攻撃する現代の日本人は本当に異常に見える。特に、顔が見えないネット上ではその動きが顕著だ。誰しもが完璧な人間のように振る舞い、強い口調で少しでも違う意見を持つ人や間違いを犯した人を正そうとしているかのようで、違和感をよく感じる。不寛容な日本社会に対し、政治汚職など問題はありながらもブラジル社会は寛容だと坂田さんは書いている。伯国社会ほどの寛容さはいき過ぎだと思うが、もう少し日本も寛容な社会になっても良いとは感じる。まぁ、「同調圧力」という表現があるくらいだし、不寛容なところが日本人らしいといえば、日本人らしいとも言えるが。
     


 今日7日が独立記念日の祝日のため、明日8日の新聞は休刊となります。

2017年9月7日付

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