モザイク 2017年9月9日付

 埼玉県人移住100周年・在伯埼玉県人会創立60周年記念式典に出席した在アルゼンチン埼玉県人会の田島稔副会長によると、現在同県人会には120人前後の会員が在籍。1世は4人のみで、後は2世、3世が占めているそう。年々埼玉県人という意識は薄れていっており、また日本人という意識も薄れてきているとか。会館はなく、活動は年に3、4回の親睦会が主。最近は母県の中学生らとインターネットテレビ「スカイプ」を使った交流も頻繁にしているという。この日の式典については「盛大で立派」と話し、「会員も多く、2世でも日本語が上手だと感じた」とか。ちなみに、亜国の県人会では沖縄が最大で、次いで広島。沖縄が大きいこともあってか、沖縄の方言が日本語と認識されている面もあり、「うちなーぐち」が分からないと「日本人なのに何で知らないのと言われる」と田島副会長は笑って話した。
     


 モザイク子は埼玉県に1年だけ住んだことがあり、奇遇にも伯国埼玉県人会の森田泰司副会長の実家のすぐ近くに住んでいた。同県は「だ埼玉(ダサい埼玉という意味)」と揶揄(やゆ)されることも多いが、上田知事があいさつでも話していたように、観光資源が多く魅力的な県だと個人的には思う。一番のお薦めは、毎年12月に秩父市で行われる秩父夜祭。3日の大祭では花火が上がり、冬の澄んだ夜空に美しい大輪が広がる。花火が上がっている最中も暗い山間を電車が走っており、その景色も幻想的。本当にお薦めなので、この時期に日本に行く機会がある人は、ぜひ一度行って見てほしい。
    


 先日、記者はノロエステ地方に取材に行った際に安永忠邦さんのお宅でお世話になった。御年96歳になった忠邦さんは、「もう年にはかないませんよ」と何度も口にしたが、耳目、言葉、足腰もしっかりし、全く年齢を感じさせなかった。忠邦さんが現在も毎朝欠かさず世話を続けるコーヒーの樹々は、ちょうど小ぶりの白い花を満開に咲かせていた。歓談中、日系社会の今後の話をしても、「私はここ(プロミッソン)で生まれて、ここで育ちました。井の中の蛙(かわず)です」と謙遜(けんそん)していたが、「一つ、日本人の心というものが、ちゃんと伝わっていくかが心配です」とこぼした。「日本人の心の、どういう部分が残ってほしいですか」と記者が問うと、忠邦さんはぐっと頷いて、記者の方を向いた。「つまり、正直であることですね」。その時の真っ直ぐな瞳は写真には撮れなかったが、忘れがたい瞬間だった。
     


 サンカエターノカラオケ会の寺田会長は、8月14日に亡くなったスザノ福博村会会長などを務めた上野ジョルジさんを、上野さんの父親と知り合いだったこともあり、小さい頃から知っていたという。上野さんに関して「お父様の『躾』を体現したような人で、父子共々本当に素晴らしい人だった。まだ若かっただけに本当に惜しい。人に尽くした人だった」と語り、早すぎる死を惜しんだ。上野さんの人柄や生前の活躍を称賛する声は死後、行く先々で聞こえてくる。寺田会長は「身を砕いて粉にするほど一心に働く。力の限り努め、励ます。骨を粉にし盛り立て、全身全霊」という詩を、弔いとして上野さんに送った。

2017年9月9日付

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