モザイク 2018年1月4日付

 第2回ウィルフォン・チャリティーコンサートに出演する美川憲一さんは言う。「私のショーを観ると、元気が出る。しっかり生きなきゃだめよ、というメッセージが伝わる。歌は、その時代を思い起こしてその時代に戻ることができるからよ。だから、たくさん歌いたい」。そして、「日本を離れてブラジルで生きるということは、大変だったと思うわよ。でも、今、元気で生きているということは素晴らしい。私はしぶとく生きることが大好き。皆さんもしぶとく生きてきたでしょ。会場で待っているわよ!」。言い方はぶっきらぼうだが、心のこもった優しさが、伝わってくる。今から公演が楽しみだ。
     


 グァタパラ移住地50年史には、同移住地の全ての始まりとも言える、全拓連が1961年に出した「グァタパラ移植民事業計画概要」の要約が、これもポ語対訳付きで掲載されている。そこにはしっかりと、「降霜を見たこともある。……いずれも農作物に害を与えるほどのものではない」とあり、土地造成工事に関しては「肥培耕作をなすために必要な土地改良工事を施し入植者営農の完璧を期せんとするものである」と明記されている。みなこうした大ホラを読んで海を渡った。ポ語に訳された今、これを読んだ同地の次世代は、何を思うのだろうか。
     


 グァタパラの35年史の表紙の写真は、ブラジルらしく、イッペーだったという。今回は、グァタパラの代表的な農作物であるレンコン畑の花。レンコンといっても漢字(蓮根)のとおり、蓮(ハス)の花だ。食用レンコンの蓮は、上野の名所・不忍池(しのばずいけ)なんかで咲いている蓮とは微妙に異なるらしいが。「蓮は泥より出でて泥に染まらず」と日本にも馴染み深い中国の成句に言われるように、汚い所(泥沼)からでも綺麗な花を咲かせる、釈迦(しゃか)や清浄さの象徴とされることも多い。そうした意味も?と記者が問うと、「そうですよ」と来社した新田さんは、冗談めかして笑った。脇山さん、茂木さんも「グァタパラらしいね」とボヤきながら笑っていたのが、印象的だった。

2018年1月4日付

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