モザイク 2018年7月11日

 「マリンガはね、『緑と歌の町』なんだよ」と話す植田憲司さん。緑は街中に植樹されている木のことを指しているが、歌は『マリンガ』と名付けられた由来があるという。「マリンガを開拓している時に、原始林を伐採しながらジョベルト・ジ・カルバリョの『マリンガ』という曲を歌っていた。それを聞いていた人が、この名前が良いと言ったんだ」と説明する。そこからマリンガは『歌の町』とも呼ばれるようになったそうだ。植田さんは、その説明する際に『マリンガ』の歌を口ずさんでくれた。植田さんが声を弾ませて歌うと、昔町を開拓していた時の様子が目をつぶると浮かんでくるような気持ちになった。
     


 植田さんの両親は短命だったという。「父は33歳、母は47歳、母が再婚した父も52歳で亡くなった。皆、苦労したからかな」と苦笑する。その代わりに、妻の義父母にお世話になった恩を絶対に忘れなかったと話す。「義父の最期も看取った。ずっと自分の名前を呼んでいて、最期を看取れて本当に良かった」と植田さんは涙を流した。1世の苦労は計り知れない。いつも笑顔で対応する植田さんの涙が、記者の心に刺さる。移住者の思いを伝える大切さを、改めて感じる瞬間だった。
     


 第2回リッファの当然番号が、7日に発表された。前回は1枚のみ購入した男性がプリウスを当てるという奇跡が起こったが、今回はどうなるだろうか。第2回リッファの協力券販売は、第1回にも増して、苦戦する様子が見受けられた。ブラジル日本移民110周年委員会の菊地義治実行委員長が7日、文協第22回桜祭りの会場で当選番号発表目前の夕方まで奮闘し、完売した。最終日まで残った協力券数十冊は、前日(金曜日)の夕方に同委員会の元に戻ってきた。引き受けた協力券を売り切らず、前日に返した人の責任感の無さには呆れる。前日の夕方から、期限いっぱいまでに売り切る菊地実行委員長の力に頼り過ぎだ。

2018年7月11日付

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