【移民108周年】リンス日本人入植100周年 先人に感謝、さらなる発展望み先人に感謝、さらなる発展望み

リンス日本人入植100周年 先人に感謝、さらなる発展望み先人に感謝、さらなる発展望み
日本国国歌斉唱の様子

 サンパウロ(聖)市から北西約440キロの地点に位置する聖州リンス市で、リンス慈善文化体育協会(松浦秋夫会長)主催の日本人入植100周年記念式典と追悼法要が4月21日午前9時から同市の聖アントニオ教会前広場で行われ、ノロエステ地域の日系団体の代表者や関係者など約300人が出席した。100周年を記念して、リンス市に入植した画家の間部学さんを祖父に持つ間部男(まべ・だん)さん(29、3世)により作られたモニュメントの除幕式も行われた。同植民地の歴史を振り返るとともに、4月21日に行われた当日の式典を紹介する。(山野美桜記者)

◆歴史

 リンス市は、1920年4月21日に市制が制定発行された。日本移民100周年記念ノロエステ記念史によると、リンスにおける日本移民の入植は16年のバルボザ植民地に始まる。バルボザの原始林伐採に踏み込んだのは、10人の熊本県人の若者先駆者たちであった。

 続いてカンペストレ、パルミタル(21年)、昭和植民地、イデアル、コケラ植民地(22年)、屋比久植民地とサンジョアン植民地(23年)、アリアンサ植民地(24年)、フィゲラ植民地(25年)、カンポネザ植民、リケザ植民地(29年)、ナタル植民地、パウダリョ植民地(30年)、グアピランガ植民地(31年)、タンガラ植民地(36年)、タクアルス植民地(40年)が創設された。

 多くの犠牲者を出した平野植民地(15年)の翌年に建設されたバルボザ植民地は、日本移民が初めて植民地建設に成功したことから「移民の聖地」とも言われる。こうして、リンス一帯は、30年代には2万人の日系人集団地となった。

 しかし、これらの数々の植民地にも土地がやせて生産能力が低下するなどの問題が生じ、離村する人が増加した。リンス文協の平野ススム事務局長(57、3世)によると、現在リンス市には約1200の日系家族が暮らしており、今でもサトウキビ生産を行っている日系人農家も少数ながらいるが、近年は出稼ぎの影響もあり、リンス日系コロニアは年々寂しくなっているという。

◆式典

 日本移民リンス入植100周年記念式典には、駐ブラジル日本国大使館の梅田邦夫大使や在サンパウロ総領事館の中前隆博総領事、ノロエステ連合日伯文化協会の安永信一会長、ブラジル日本文化福祉協会の呉屋春美会長、リンス市のエドガール・デ・ソウザ市長、羽藤ジョージ州議、元連邦警察署長の池田マリオ氏、飯星ワルテル連邦下議、リンス西本願寺の安永和教総代らが駆けつけた。

 日伯両国歌斉唱の後、ブラジル本門仏立宗日教寺の斎藤法明住職による追悼法要が行われ、梅田大使らが焼香し、先人の苦労を偲んだ。

 その後、リンス入植100周年を記念して作られた石碑と、間部男さんのモザイク画が除幕され、会場は拍手に包まれた。

 男さんはあいさつで「着物を来た女性が腕に子供を抱きかかえたこの作品は、日の丸とコーヒーをイメージし、ブラジルでの生活をより良いものにしようという日本移民の希望を象徴しています。先祖ゆかりの地リンスで自分の作品がモニュメントとして飾られることは大変光栄です」と作品への思いを語り、梅田大使らに自身の絵画を寄贈した。

 松浦会長(59、2世)はあいさつで「多くの人に参加してもらい、100周年を盛大に祝えた。『日本の町』と言われるリンスにおいて先人が築き上げてきたものに感謝し、今後の発展につなげていきたい」と語った。

 安永和教氏もあいさつで、「もう3世の時代であるが、1世が苦労して今があることを忘れてはいけない。それを次の世代に伝えていくことが我々の仕事」と今後の目標を語った。

 引き続き、梅田大使が祝辞を述べ、ソウザ市長は「リンスに日系社会が深く根付いていることに誇りと尊敬の心を持っています。日本人が入植し、リンスのために貢献してくれたことに感謝しています」とリンスに根付く日系社会の奥深さを語った。

 また、ソウザ市長から梅田大使、中前総領事、リンス市民代表最高齢のカワモト・カンセイさん(99)らに記念品が贈与された。

 午前11時からはリンス歴史博物館の見学が行われ、午後1時からブルーツリーパークで昼食会が開かれた。

◆関連行事

 日本人移民入植100周年を迎えたリンスでは、関連行事が行われる。7月1日から3日は第60回目となる農産展がリンス文協で、8月7日にはリンスの野球場で運動会がそれぞれ開催される予定。また、同13日には盆踊りがリンス市内で実施される。どの行事も毎年恒例だが、今年は100周年を記念してノロエステ近郊から招待客を招き、盛大に行うという。

◆松浦会長の思い

 「日本移民入植100周年を迎えたリンスは1世が少なくなり、2世、3世、4世の時代になっている。それと同時にリンスを離れてしまう若者が多く、日本の行事を行うのが難しくなってきた。この問題はリンスに限らないが、100年経った今でもここリンスでは日本文化が強く根付き、守られていることは本当に素晴らしい。また、リンスの人々は、かつて日本移民がどういう生活をしてきたか、日本人のお陰でどれほどリンスが発展したかをよく知っている。行事を行う時は必ずリンス市からの協力が得られるので、これからも頑張っていきたい」

2016年6月25日付

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