丹下セツ子さん 伯国の日系社会に捧げた53年 後継者を育て未来へつなげる

丹下セツ子さん 伯国の日系社会に捧げた53年 後継者を育て未来へつなげる
来場者にお礼のあいさつをする丹下さん

 「ブラジルに来て、53年になるね。あの頃(来伯当時)は売れてたから、バンド、踊り、カラオケの人を連れてブラジル中を旅したよ」―。丹下セツ子太鼓道場の40周年記念公演が2日、サンパウロ市リベルダーデ区の宮城県人会館で開催され、丹下さん(78、東京)は設立当初を振り返り、本紙の取材に応えた。

 丹下さんが、ブラジルに滞在していた母親の丹下キヨ子さんに呼ばれ、初めて来伯した時はNHKも何もない時代。訪問した日本人移住地はどこも両手を挙げて歓迎してくれたという。ある日、丹下さんが日本人移住地に必ず置いてある和太鼓を不思議に思い、何故あるのか尋ねると「県人会からの贈り物だが、叩く人がいない」と返ってきた。そこで、丹下さんが仲間と一緒に叩いた太鼓が観客の胸を打った。「日本のお祭りを思い出して胸が熱くなった」と言われ、ブラジルで太鼓が必要だと気づいたという。

 その後、リベルダーデに戻り、5人で演奏する「リベルダーデ少年太鼓隊」に出会い、現在の丹下セツ子太鼓道場の前身となる「丹下セツ子少年太鼓隊」を設立。丹下さんは「太鼓道場をやるならば日本の一流を」と日本の助六太鼓を学び、兄弟分の今泉豊氏を指導者として2年に1度ほど招いている。

 与える環境は最高のもの。しかし、丹下さんが最も大切にしているのは、『舞台を楽しむ』こと。「ただ叩いてるだけじゃダメ。出てる人間が楽しければ、お客が楽しい」。演者も観客も飽きさせない『魅せる太鼓』にこだわり、衣装、踊り、太鼓以外の楽器演奏にもこだわった。

 丹下さんが悔やむのは、若い人が育ったと思うと大学進学で辞めてしまうことで、「今、一生懸命後継者を育てて、自分が死んでも道場が残るように仕込みたい」と思いを語る。

 現在の後継者は梶原アウミルさん(39、3世)。2010年から同道場の代表として指導を行っている。梶原さんが代表を務め始めた時は、先輩が一度にいなくなってしまった時だった。短期間でも『魅せる太鼓』を指導できるように、シンプルな曲を新しく作るなど努力を重ねた。その結果、現在は西尾パウラさん(21、3世)らが子どものグループを指導するなど、新しい世代が育っている。

 梶原さんは「丹下先生は自分にとって、ブラジル太鼓で一番の人。丹下先生のグループをリードしていくのは誇りだ」と熱く語り、感謝の気持ちを込めた40周年記念公演の成功を喜んだ。

2018年9月13日付

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