伊豆大島富士見観音堂上映会㊤ 記録映像作家・岡村淳氏渾身の作品

伊豆大島富士見観音堂上映会㊤ 記録映像作家・岡村淳氏渾身の作品
上映会と富士見観音堂清掃作業のため集まった皆さん。前列中央が岡村さん、その左が伊藤さん(写真は加藤甫氏撮影提供)

藤川氏生誕100年、入寂30年に合わせ

伊豆大島富士見観音堂上映会㊤ 記録映像作家・岡村淳氏渾身の作品
富士見観音堂内にある藤川氏の遺影(写真は加藤甫氏撮影提供)
 サンパウロ市に在住する記録映像作家の岡村淳さん(57、東京)が、日本海外移住家族会連合会事務局長を長年勤め、その後僧侶となってアマゾン地域のパリンチンスで行方不明になった故・藤川真弘(辰雄)氏の生誕100周年、入寂30周年を祈念した上映会を9月18日夕方、東京都伊豆大島にある富士見観音堂内で行った。上映されたのは、藤川氏を主人公にした5時間16分に及ぶ岡村さんの大作『アマゾンの読経』と今年4月に完成させた『焼肉と観音 その後のアマゾンの読経』(41分)。観音堂には上映会前日から藤川氏の遺族をはじめ、若き日にアマゾンに渡った経験があり神奈川県横浜市で路上焼肉店を経営する伊藤修さん(65、神奈川)や、観音堂とその周辺をボランティアで清掃活動を行うブラジル日本交流協会OBらも駆け付けた。

 藤川氏は1916年に山口県で生まれ、日本海外移住家族会連合会事務局長を16年間勤め、中南米に渡った移民への支援を行ってきた。その後、志半ばで亡くなった南米の日本移民への思いから73年に仏門に入り、76年には海外開拓移民の御霊を慰めるため浄財を集めるとともに私財を投じ、伊豆大島三原山中腹に富士見観音像を建立した。86年には無縁仏の供養を行うためにブラジルを訪問。同年9月20日、アマゾン地域のパリンチンスの川辺で供養後に入水し、行方不明となった。

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 岡村さんは藤川氏とは実際に会ってはいないものの、同氏が最期に残したメモを頼りに約10年間に及ぶ取材活動で2004年に『アマゾンの読経』を完成。そのメモには「われを知り、心ある人には、日本であろうとブラジルどこであろうともこの祈りが通じ、読経が聞こえるはずである。すべてが狂った今の世に対して『アマゾンの読経』と題して、書いてくれる人があれば、必ず心を動かして目を覚ます人があるはず」と書かれていたとし、岡村さんが藤川氏の思いを引き継いだ形となった。その後、岡村さんは06年に『アマゾンの読経』の改訂版を制作し、ブラジルや日本など各地で上映会を実施してきた。

 また、その後の継続取材活動の中で伊藤さんと出会い、今年4月に『焼肉と観音 その後のアマゾンの読経』を完成させた。同作品は、若き日にアマゾンに渡り非日系の女性と結婚し、現在は神奈川県横浜市内の路上で焼肉を自ら焼いて販売している伊藤さんとの出会いにより展開される。その伊藤さんが、会ったこともない藤川氏の現実的な姿を夢で見たことで、富士見観音堂の清掃・整備を行うことになる。

 藤川氏亡き後、伊豆大島の富士見観音堂は藤川夫人が堂守として世話をしていたが、1994年に他界。その後、アマゾナス州マナウスに住んだ経験がある写真家・作家の佐々木美智子さんが管理を引き受けたが、体調を崩して2013年に島を離れ、現在は東京新宿のゴールデン街でスナック業に復帰したという。その間、ブラジル日本交流協会OBが中心となって「日伯架け橋の会」を作り、有志たちが年に数回、ボランティアで観音堂内と周りの清掃整備活動を行ってきた。

 伊藤さんは前述の藤川氏の夢を見たことから縁を感じ、何度となく横浜市から伊豆大島の観音堂を訪ね、自ら草刈りなどの清掃整備活動を実践。今回の上映会を踏まえて、富士見観音堂の堂守として藤川氏らの後を引き継ぎ、同地で自ら修行しながら活動していく決意を固めた。(つづく)

2016年10月12日付

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