加賀友禅職人の赤地さん㊤ 第6回ポ市日本祭りで展示実演

加賀友禅職人の赤地さん㊤ 第6回ポ市日本祭りで展示実演
赤地さん。自身の加賀友禅染の和服と

江戸時代からの伝統工芸を継承

 8月19、20日に開催された南大河(リオグランデ・ド・スル)州ポルト・アレグレ市(ポ市)の「第6回日本祭り」では、「金沢市ポ市姉妹都市提携50周年」がテーマに掲げられていた。金沢市から計15人の来伯があったが、中でも同市の加賀友禅(かがゆうぜん)の職人である赤地暁(あかじ・さとる)さん(57、石川)の作品展示、彩色実演などには少なからずの来場者が驚いたようだった。その道38年。江戸時代から脈々と受け継がれる伝統工芸を今なお継承しつつ、独自の境地の開拓を志す赤地さんに、その半生を語ってもらった。

 同祭で開かれた赤地さんの彩色実演をじっと見入り、展示された友禅染の着物も穴が空くほど見つめている来場者がいた。非日系で、ポ市在住の生物学の研究者であるこの来場者は、「色彩の調和が素晴らしい。(描かれる対象の)形といい、絹のとても柔らかな肌触りといい……。自然そのもの。これを着て歩く女性はもう芸術作品そのものでは」と舌を巻いていた。

 加賀友禅に用いられる色彩は「加賀五彩」と呼ばれ、臙脂(えんじ)、藍、黄土(おうど)、草、古代紫の5色。柄には草花や鳥などの自然が写実的に描かれ、「虫食い」や「ぼかし」といった特徴的な技巧も駆使して、独特の自然美が表現される。

 下絵、糊置き、彩色、中埋め、地染め、本蒸しといった工程を経て、一つの作品が仕上がるのには約10カ月を要するという説明には、質問した来場者も目を丸くしていた。

 38年前、金沢市で育った赤地さんは高校を卒業し、社会人として働き始めた。元々陶芸家が多い家柄の息子ではあり、小さい頃から油絵や水彩画に親しんだが、進んだ職業はインテリアや絨毯(じゅうたん)の問屋だった。

 入社後、すぐに長野県へ移り住んだが、友人知人もいない新たな地で、時間を余す時は油絵を描いていたという。ある時、絵画が好きな取引先の社長が赤地さんの油絵を気に入り、絵の世界を勧めたこともあったが、赤地さんはそんな気はなかった。

 「絵でメシは食えませんから」。

 丁度その時期に高校時代の恩師から「加賀友禅の所に人が足りない」と声がかかり、「絵とかそういうことが好きだったでしょう」と勧められた赤地さんは、東藤岳(とうどう・がく)氏に弟子入りをした。

 「親方は長持ちしないと思っていたらしいですが、高校の先生のお願いで多分断れなかったんですよ」と赤地さん。

 元々「髪はリーゼント、つなぎを着て、不良のような」見かけだったという赤地さんは、弟子入り初日、障子の向こうで働く兄弟子や姉弟子が「それを殺して、そこにさして」といったやりとりをしているのを聞きながら、色彩のこととは分からず、「不思議に思いましたよ」と笑う。

 「なめてかかりました」。1日中座って作業することが苦痛に感じるばかりか、簡単なことしかやらせてもらえない。「1週間で辞めようと思いました」と振り返る。

 それが1カ月だけ、3カ月だけ、半年、3年と月日は過ぎた。

 「だんだん加賀友禅の奥深さに魅せられました」と語る赤地さんは、色合いの深さ、ぼかし加減などの表現を学んでいった。

 しかし、3年では一人前に仕事を任せてもらえず、5年を経てやっと、少しずつ仕事を任されるようになった。親方からも色の意見を尋ねられるようになり、師弟の信頼が生まれ始めた。「人間のつながりの大切さを知りました」。(つづく)

2017年9月1日付

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