加賀友禅職人の赤地さん㊦ 独自の境地でさらなる開拓志し

加賀友禅職人の赤地さん㊦ 独自の境地でさらなる開拓志し
ポルト・アレグレ市の日本祭りで彩色の実演をする赤地さん(写真左)

 弟子入りから5年余りが過ぎ、師匠の東藤岳氏から仕事を任されるようになった赤地暁(あかじ・さとる)さん(57、石川)。しかし、弟子入り8年目頃、当時27歳の赤地さんは、「自信を無くしてしまった」という。自分に刺激を与えようと、石川県と岐阜県にまたがる白山(はくさん)を登ろうと決意した。それまで3度天候に恵まれず、登れなかった標高2702メートルの登山だった。

 「登る途中、弥陀ヶ原(みたがはら)で体が冷えてしまって、ガタガタ震えて歩けなくなったんです。そこで休みながら室堂(むろどう)に立って景色を見た時、なにかやる気が自信につながったんです。『ああ、人間ってこうやって前に進むんだ。酷い時は一休みして、水を飲んで。人間ってそれがあるべき姿なんだ』と」。

 その後、結局10年間にわたった弟子修行と1年間の御礼奉公を終え、30歳で現在の赤地暁染色画工房を開き、独立。日本のバブル景気の機運にも恵まれ、独立時の図案に100枚の注文が入り、「爆発的に売れた」という。

 「ここで大丈夫だと思ってしまった」と振り返る赤地さんは、金沢市の片町という繁華街で、人生で初めて遊びにも手を染めた。

 バブル崩壊後に「これじゃダメだ。手を動かしてこそ職人」と気付いた赤地さんは、更なる独自性を求めて研究を重ねた。

 「絵の上手な人はいっぱいいる。人と同じことをしてはいけない」と語る赤地さんは、グラフィックや、西洋美術の印象派なども研究し、抽象的なものや、「光と風を感じて、どうやって色や形」に落とし込むかも追求したり、「離れて絵を見ることの大事さ」も学んだという。

 現在は問屋からの依頼で創る作品も多いが、日本工芸会の「日本伝統工芸展」の本展にも出したい、と意欲は衰える所を知らない。

 加賀友禅の組合から来伯の声が掛かった時も、「新しい力をもらうには何か刺激が欲しい」と感じていたという。「ブラジルには見たことのない植物も多くて、画材になるかもしれない」と語るなど、常に周りから学ぼうとする姿勢を見せていた。ポルト・アレグレ市のブラジル日本移民との交流の場では、「日系ブラジル人が、ブラジルの良い所も悪い所も受け入れて、移民としての誇りを持っている生き様には本当に感動しました」と話していた。

 「人間は日夜、変化しなければならない」と語る赤地さんの「道」は、来伯を経て、これからも続いていく。(おわり)

2017年9月2日付

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