南米の風に吹かれて①

写真:名嘉和也さん
 ブラジル中が日本移民100周年に沸いた2008年3月からの2年間、隣国ボリビアのオキナワ移住地で日系人子弟への教育に励んだ沖縄県派遣教師・名嘉和也(なか・かずや、36)さんが、2年間の活動の中で感じた「沖縄」と「オキナワ」の絆、ボリビアでの生活、日本語教育における日系人の意識変化と今後の課題、帰国後に気付いた自分自身の変化などについてまとめ、本紙に寄稿した。

ボリビアコロニア・オキナワでの生活を振り返る①
第23代沖縄県派遣教師 名嘉 和也

 2008年3月25日、ボリビアにあるオキナワ移住地に、沖縄県派遣の教師として2年の任期で10年3月17日まで勤務しました。長年の夢が叶い、やっと掴んだこのチャンスを精一杯やってみようと、沖縄での終了式、卒業式を終えた翌日に飛行機に飛び乗り、30時間かけてボリビアに到着した日を鮮明に覚えています。
 ビルビル国際空港で日ボ協会会長をはじめ学校関係者の大歓迎に感動し、移住地へ向かう車内での会話がすべて日本語、そしてウチナーグチ(古くからの沖縄の方言)だったこともあり、外国にいることを忘れてしまうほどでした。最初に食べた食事はカツ丼、そして味噌汁。いま自分がいる場所を何度も何度も確認しました。
 僕自身、沖縄県北部にある離島、伊是名島(いぜなじま)という周囲14キロほどの小さな島で自然に囲まれて育ったこともあり、オキナワ移住地の景色が小さい頃の田舎の風景に似て懐かしく思えました。
 ボリビアへの移民は第2次大戦後の琉球政府による計画移民で、1954年の第1次計画移民を皮切りに64年までの間、3385人が入植しました。その1世の皆さんの子弟への日本語教育や、言葉文化以外の日系人として大切に守って欲しい精神文化などを教育して欲しいと、母県・沖縄に嘆願し実現したのが「派遣教師制度」です。
 この制度が始まり今年で25年が経過しましたが、現在も派遣教師のタスキがしっかり繋がれ、移住地における日本語や沖縄文化、地域行事などの様々な活動を担っています。この制度は他都道府県にはない素晴らしい制度だと内外を問わず多くの皆さんから評価され、移住地の皆さんからはとても感謝されています。(つづく)

 
2010年5月25日付

コメント0

コメントを書く

Login

Welcome! Login in to your account

Remember me Lost your password?

Lost Password